春。さよならを言えない俺に、じゃあ、また。
校舎を背にして外階段の上に合唱部が並び始めていた。毎年恒例の卒業式後の見送り合唱。
その前を歩きながら(いく)が珍しく明るい声で言った。
「ああ、やっと卒業。長かった!せいせいする」
俺は自分の顔によく似た双子の姉の顔を見下ろす。
「嬉しいんだ?」
「当然じゃない、(なお)は違うの?」
「まあ、そうかな‥」
「制服、明日から着なくていいいのよ!」
郁は嬉しそうだ。当然か。学校に結局三年間なじめなかったからな、こいつ。
俺は校門へと続く坂道を下りながら横の校舎を見上げた。
三年前、ここに入学した時、どう思ったっけ。たぶん、なんとも思ってなかったな。
ていうか、全然思い出せないわ。
今でも覚えているのは、そこじゃなかった。
春の頃、始まりは入学式じゃなくて、音楽室。

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