転生人魚姫はごはんが食べたい!
 私たちはまだ入口にいて、入店しただけの状態だ。ほとんど何も始まっていないのに早くも次の約束が決まっていた。

「これはこれは、いらっしゃいませ」

 私たちの存在に気付いた店主らしき人物がカウンターから歓迎してくれる。

「邪魔するぜ」

 旦那様は迷うことなくカウンターへ向かうので私も後に続いた。

 旦那様、もしかしなくても普通に常連ですね? 動きも勝手知ったという振る舞いですし。

「おや、お連れ様ですか? 珍しいですね」

「今日は妻に強請られてな」

「ああ、なるほど奥様に……失礼ですが、いつご結婚されたのですか!?」

「三日前だ」

「いいっ、いつの間に!?」

「いーだろー」

 あの、のんびり私の肩を抱き寄せている場合ですか? 物凄く驚かれているんですけど……

「お、おいみんな! ラージェス様が、結婚されたらしいぞ!」

 最初に叫んだのは店主さんだった。賑わっていたはずの店内には一瞬の静寂が訪れ、次いでフロア中から驚きが押し寄せる。それぞれのテーブル、からなんだってぇ!? という絶叫にも似た声が聞こえた。
 旦那様は絶叫もなんのその。まるでこの状況を楽しむかのように、優雅に私の肩を抱いたままだ。

「紹介しよう。妻のエスティーナだ」

 ここでいきなりですか!?

「え、エスティーナですわ。よろしくお願いします!」

 無茶振りとまでは言いませんけど、この状況。事前に説明はほしかったですよ!?

「ラージェス様! 貴方という人は!」

 なになになに!? 旦那様、凄い形相で店主さんから睨まれていますよ!?

「ご結婚なされたのなら一言お知らせいただければ、我々もお祝いに駆けつけましたのものを!」

 そうでした。旦那様ってば、この町を治めている方なのよね。有名なのは当たり前。お祝いしたい人がたくさんいるのも、当たり前なのよね。
 なんだかエリク様の気持ちがわかってしまったわ。本当にこの人ったら、とことん突然に結婚を決めていたのね。そ、そりゃあ、決めさせたのは私だけど……報告を怠ったのは旦那様なのよ!

「結婚式は!? もうなさったのですか!?」

「いや、まだだ」

「それは良かった。私どもとしても稼ぎ時ですからね。今度こそ、事前にご一報頂きたいものですな」

「悪かった。約束するぜ」

 旦那様がそう言うと別のテーブルからも声が上がる。
< 67 / 132 >

この作品をシェア

pagetop