婚約者は野獣


凱と千紗と三人で入ったのは
私が好きな洋食屋さんだった


「千色ちゃん此処好きだよね」


「・・・そうね」


気を遣ってか店へ入ってからも
ずっと話しかけてくる千紗

時折それを気にかける凱に
何故だか無性に腹が立って


千紗への返事をやめた


本当は千紗のことは
私だって気にかけている

そうしなくても良いくらい
周りに手が足りているだけで。


本当は態と私の誕生日に熱を出すわけでも

楽しみにしていた海へ行く日に発作を起こすわけでも

食事会の日に頭痛が起こるわけでもないことくらい

私が一番知っている

千紗は誰より気を遣う子で

誰より一人一人をよく見ていて

誰より自分に自信がないだけ


“私なんて”って聞こえないように呟くことだって

私は知っている


だけど・・・

凱が絡むと簡単に許せない自分がいて
だから
こうやって来ないでっていつも思うし

凱にも連れて来ないでって言うのに

押し切られると断りきれない凱の性分を知ってか

千紗はこうやって間合いを詰めてくる


二人から視線を外した私を
一瞬で呼び戻すのは

“コンコン”と小さく咳をする千紗の姿だった


「千紗お嬢、大丈夫ですか」


「・・・うん、だ、コンっ、大丈夫」


聞こえないようにため息を吐き出すと


「凱、千紗を先に連れて帰って」


「でも・・・」


「や、だめっ、コンっ」


くだらないやり取りに
苛々がすぐマックスになった


「凱っ」


「はいっ」


その間にも咳が止まらない千紗は
息が上がって肩が大きく揺れ始めた


「私は他の迎え寄越すから
早く行きなさいよ」


「承知」


咳き込みながら何度も“ごめんね”と頭を下げる千紗から顔を背けると

凱が千紗を抱き抱えるのが視界の隅に見えた








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