婚約者は野獣




「待て」



声は出たけれど
女を追いかけたい脚は動いてはくれなかった


「どうした〜?」


「あ゛?」


「一目惚れか?」

茶化しているだけの大和に


「あ・・・あぁ」


素直に認めてしまえば


「追いかけなくて良いのか?」


少し焦った様子で閉まったドアに視線を向けるから


「・・・っ」


そこで漸く動いた脚を個室の外へ向けたけれど

既にシンとした通路に呆然とした


「探すか?」


「・・・」


いくつも見える個室の扉に
苛々する気分が溜息に変わる

探したいけれど一ノ組の本家に呼ばれている

優先すべきは考えるまでもなく・・・


そんなもどかしい思いは


「セキュリティに探すよう伝えてくれ」


大和に女の特長を伝えると
ビルの下に到着していた迎えの車に乗り込んだ






* * *





厳重なセキュリティを潜り
本家に到着すると

玄関で琴ちゃんが待っていた


「いらっしゃい、ん?飲んでた?」


笑顔で出迎える琴ちゃんは
俺らの呼気に気付いたのかコテンと首を傾けた


「あぁ」


その可愛らしい仕草に
ウッカリ頬が緩みそうになるのを堪えて


「亜樹に呼ばれた」


此処へ来た用件を告げると


「永遠も大和もごめんね〜
私と優羽が亜樹に頼んだの」


琴ちゃんは顔の前で小さく手を合わせた


「ん?」


隣に立つ大和も驚き過ぎて
壁を作り損なっていて

そんな俺らの前に


「上がれ」


声が聞こえた瞬間、背筋が伸びる程の威圧感と
一瞬呼吸を忘れる程の人物が現れた


「あ、理樹」


声の主を振り返ると
俺らに見せた笑顔よりもっと
穏やかな表情になった琴ちゃん


「俺も一緒に出迎えるって言った」


サッと腕の中に閉じ込めた若頭


「ごめんね?」


この冷たい空気感が伝わってない琴ちゃんも凄いが

若頭の腕の中で見つめ合う二人は
絵画を見ているような気分にさせる程綺麗だと思った


そして・・・


さっき手放したあの甘い香りの女を
こうやって閉じ込めたいと強く思った



・・・



目的は別としても本家に呼び出された俺達は
食堂で二人の作った“晩御飯”を

若頭と側近の透さんと亜樹
更には組長と姐さんと一緒に

食べることになった


美味しかった



美味しかったけど



浴びるほど飲んだ酒は一瞬で醒めたし
組長と若頭を目の前にして


適当な箸使いを大いに悔やんだ


大きなハンバーグ
美味しかったのに


組長と目が合った瞬間
飲み込んでしまって

死ぬかと思ったぞ








side out





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