婚約者は野獣


あれだけ酷いことを言ったから
追いかけてくる訳なんてないのに
小走りで保健室へ戻った


感情が揺れて泣きそうになるのを
舌先を噛んで必死に堪える


「千色ちゃん・・・大丈夫?」


眉尻を下げた小崎先生が向いから心配そうに覗き込んできた


「・・・はい」


我慢の所為で酷い顔になっていると思うけれど

それを弁解する余裕なんてない


「遅いけど、お昼に行ってくるね」


空気を読んでくれたのか
小崎先生は珍しく一人にしてくれた


「案外良い人?」


広い保健室に吐き出した声は酷く震えていて

堪えようと踏ん張ってみたのに


ポロリと涙が頬を伝った


「・・・馬鹿」


ハンカチを目の下に当てて
落ちる涙を受け止める

狡い私が泣くなんて卑怯だって
頭の中では分かっているけれど

感情が私を掻き回す


“会いたかった”って永遠に言われて嬉しかった


“俺の女だ”って言われて期待してしまった

他の誰でも良い訳じゃない

永遠だったから

嬉しかった


心臓がギュッと苦しくなるくらい
永遠のことを好きになっていたんだと思う


六つも下の横暴な俺様永遠に
凱のことを思い出す暇もないくらい

気持ちを持って行かれてた


あぁ、ダメだ・・・

自分から離れたのに

もう永遠に会いたい


傷つけておきながら


永遠を慰めに行きたいって
細胞が沸きたっている


・・・ごめんね、永遠


そんな資格・・・どこにもないのに


流れ落ちる涙を止められない私は
小崎先生が戻ってからも泣き続け


午後から早退するという失態




そんな私を第二保健室の窓から永遠が見ていたなんて知るのは


もう少し先のお話









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