婚約者は野獣


「ご案内いたします」


和服姿の女性の出迎えで
腰を上げた両親に

渋々ついて歩く


今日のために仕立てられた着物は
淡い若草色に菖蒲が描かれた鮮やかなもの

和装が好きな私なのに
この着物を着ても気分は浮上しなかった

ホテルの中にある料亭に入ると
奥座敷へと通された


最後の襖が開けられ
先に入った両親に続いて
足を踏み入れると


両親に挟まれるように座った


「お待たせしました」


母の声に向かいの親子が頭を下げた


「はじめまして千色さん」


正面に座る許婚、土岐静弥《ときしずや》が口元を緩める


「森谷の、これは綺麗な娘さんだ
静弥も良かったなぁ」


小太りのエロ親父が舐めるように
こちらを見てきて気持ち悪い


「あぁ」


それに笑って相槌を打つ息子も
気持ち悪くて虫唾が走る


キモブタ変態野郎じゃなかったけれど

爬虫類系の顔つきと
値踏みするように見てくる
粘着質の眼差しに悪寒がする


こんな奴とキスはおろか一緒に寝るとか無理


泣き出したくなるような絶望感に
楽しそうに話す周りの会話が入ってこず

目の前に並べられた料理も
箸を取ることすらしたくない


何も話さず


何も答えず


顔を上げず


失礼な態度を取り続けたにもかかわらず


「お庭に出てきたら?」


何が楽しいのニコニコした母に
強引に立ち上がらされると


「行きましょう」


爬虫類が手を差し出してきた




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