お前が好きだなんて俺はバカだな
美礼side
夜。
ひとりきりで部屋にいると、
いつものように衝動が襲ってきた。
胸に、鈍く何かが刺さったような痛み。
それは、いよいよいつもとは比べものにならないくらいの苦しみだと感じる。
最初、胸を抑えていたが、たまらず横たわった。
それでも収まるわけもなく、やがて身を縮めながらもがく。
唇を噛み締め、必死にうめき声を止めようとするが、
それがかえって過呼吸のようになって、息が苦しくなって、
なんとか呼吸を整えようとすると、
「...はっ、はぁ、
ごほっ、ごほ。」
息がつかえてむせかえる。
もうどうしようもないと思って、痙攣する身体を抑えていた手を、口元に押し付ける。
...吐き気がする。
頭痛もする。
足をばたばたさせて、身体が意識を保とうとしている。
このまま鎮静剤も呑まずに苦しみ続ければ、最悪意識が途絶えて死ぬからだ。
ついには、喉がひゅーひゅーと鳴って、縮まっていた身体が反対に反り始めた。
腹もぐうぐうと鳴っている。
でも、申し訳ないが。
もう無駄なことはしたくない。
それに、
自分がここまで苦しむのは当然だ。
酷いことをしたから。
最低だから。
自分が大嫌いだ。
あんなことを、言って...。
...。
「...たい。」
意思に反し動く身体を無理やり縮めこませた。
「は...は...、しにた...い。」
生きていたくない。
逃げたい。
この現実から。
それだけが、自分に赦された自慰行為だと思えた。
罪に罪を重ねる意識も、死を想像するだけで随分と楽になるものだ。
「薬...。」
手を伸ばして、錠剤を口に含む。
生きるためではなく。
もっとマシな方法で死ぬのだからと。
そう自分に言い聞かせてとった行動だった。
...。

なんとか落ち着いた。
頭の中はからっぽ。
いや、
脈が一旦穏やかになると、今度は楽しいような切ないような変な気分になってきた。
いずれにしろ、息がつかえたような感じは抜けない。
それに、いよいよ強くなってきてしまった。
精神的な、そう。
高揚感が。
あの、死への衝動が。
ああでも、そういえば。
今日までに募る仕事は終わらせて、身辺整理もしたんだっけか。
あとはぐすぐす自分と対話して、自分が快楽だと感じることを少ししてやって、それで耐えられなくなったら明日、明後日あたりいよいよパーッと自殺。
そういう筋書きだったっけ。
でも、もう虚しいだけだし。
思い残したこともなにもないし。
今から死のうか。
気分が変わらないうちに。
遺書も必要ない。
何か気がかりもあった気がするけど。
考えるのも面倒だ。
椅子とロープを引っ張り出してきた。
随分前から用意したものだが、今までは何度か首を締める真似事に使うだけだった。
...悪趣味ではあるだろうが、ああいった真似事をしなければそれはそれで、今日まで健全を装って生きていくのは難しかっただろう。
風俗的なことに、興味を持つ気にもなれないから。
さて。
準備も整ったし。
本番、一応、できるかやってみるか。
それでいけなかったらまた苦しむだろうけど、それはそれでいい。
ロープを首にかけた。
あとは、足元の椅子を蹴れば、まもなく意識が途絶える、はず。
...これで、もう
...。

「...?」
完全にこれまでないくらいその気だったのに、タイミングを逃した。
何故かって、携帯の電源を入れっぱなしにしていたからだ。
俺としたことが、気づかなかったとは。
こんなときに限って、電話の着信バイブが鳴っている。
...でも、こんな夜中に誰だろう。
だれ、なんだろう。
こんなことをするのは。
一旦諦めて電話を確認する。
一瞬、自分の目を疑った。
「ゆいの...?」
こんなときに電話など、なにか緊急事態でも生じたのだろうか。
そう思い電話に出た。
すると、慌てふためいたような声で、間違い電話だと言われた。
...不思議なこともあるものだな。
最期に声がきける、なんて。
幸運だと素直に受け入れればいいか。
そう思って話を切りあげようとすると、
相手がすかさず間を埋めてきた。
もうそこまで思い入れなんてないはずなのに。
一体、どうしたんだろう。
「あの、えっと...誕生日、おめでとうございます...。」
...なんのことだろうと思った。
運良く、ロープを引っ張り出してきたあけっぱなしの押入れには、数年前のカレンダーがしまってあったことを思い出した。
ちょいと手を伸ばして、それを手繰り寄せる。
ある日にちに大袈裟な赤い丸印と、ケーキ型のシールが貼ってあった。
いかにも子どもっぽい所作が窺えるが、これは...。
ああ...今日だったのか。
そうだ。
そうだよな。
手帳を開いて今日の日付を確認してたのに。
それがなんの日か忘れるなんて。
...終わってる。
こんな日を、命日にだなんて。
それ以降、相手の発言に対応していたが、だんだんと力が抜けてきた。
それで、これから野暮用をするとの失言を挟んだので、また適度に話を切りあげようとすると、
明日贈り物を持ってくると言われた。
あ...。
じゃあ、きっと、明日会ってくれるのかな...。
会ってちょっとだけでもお話できるかな。
それなら、今日はまだ生きてみようかな。
少しだけなら、そんな希望を持っても...。
いいよな...。
そうなってくれれば少しでも、
うれしい、...。
なんとか自分の心が持ち直されたような気がした。
気は抜けたままだったので、向こうから心配されてしまったけど。
でもいい。
そのほうが今はいい。
そう思えた。
電話が切れると、眠くなってきた。
お腹も空いているけれど、この機を逃したら今夜は寝れなくなりそうだから。
また首を吊りたくなってしまうから。
もう寝てしまおう。
...。
目を閉じると、久しぶりに温かな涙が頬を伝った。
「ありがと...ゆいの...。」
...おやすみ。
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