授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
「よかったら黒川さんのマンションで食事にしませんか? 私が夕食を作りますよ。本当はうちでって言いたいところなんですけど、あいにくコンロがひとつしかなくて」

借りておいてこんなこと思うのは申し訳ないけど、あのレトロな部屋に黒川さんを招待するには少し勇気がいる。しかも、先日雨漏りしているのを発見してしまった。

「今日のデートのお礼になるかわかりませんが……料理は得意なので、何が食べたいですか?」

小さい頃から料理は一から祖母に叩き込まれた。食材を煮たり焼いたりして完成された物がまったく違う料理になる過程が面白くて、今じゃ和洋中なんでもござれだ。

「何が食べたいかって、なんでもいいのか?」

「はい」

きっと付き合いだなんだで高級料亭やレストランで舌が肥えているに違いない。どんなリクエストが飛び出すのだろうと身構えていると。

「カレーがいいな」

「……へ? カレーですか?」

黒川さんの口から出たのは、いたって簡単なメニューだった。

もしかして、私の腕を疑われてる? 料理できないって思われてる?

カレーなんていまどき小学生でも作れる。本当にそれでいのか尋ねると、彼は恥ずかしそうに口を開いた。

「実は俺、家事が苦手なんだ。けど、カレーだったら……その、一緒に手伝えるかなって思ってさ」

一緒に料理がしたかった。という意図を理解すると、普段は大人っぽくて凛々しい彼だけど、ほんの少し垣間見えた可愛さに、また新たな一面を知った気がして嬉しくなる。

あっという間に日が暮れて、こんな綺麗な夕日を久しぶりに見た。

「カレーですね、いいですよ。一緒に作りましょう!」

笑顔を向けると、黒川さんの形のいい耳が目の前の夕日のように赤く見えた。
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