虐げられた悪役王妃は、シナリオ通りを望まない

「いや、あなたは本当にバルテル家の令嬢なのですかね?」

ドキリと大きく心拍がはねた。

宰相の見透かすような目が、私を疑うような言葉が、不安を掻き立てる。

この人……私が本当のアリーセじゃないと知っているんじゃないの?

でもどうして? 今まで誰も気付かなかったのに。たった数回しか会っていない宰相に何が分るの?

宰相から目を逸らしたいけれど、なぜかそれも出来ない。

息をつめて立ちすくんでいると、宰相の体がぐらりと動いた。

ロウが強引に宰相の体を引いたのだ。同時に扉の向こうに声をかける。

「衛兵、入れ!」

直ぐに扉が開き、数人の近衛兵たちがやって来る。

彼らは宰相の姿を目にすると動揺したが、ランセルが連れて行けと命じると余計なことは言わずに宰相を引き立てて行った。

ぱたりと扉が閉じると、体の力が抜けた。

な、なんか怖かった。いや怖いというより不気味と言うの?

さっき追いかけられたときよりも、強い恐怖だったかも。

「リセ、大丈夫か? 顔が真っ青だ」

いつの間にか側にいたロウが心配そうに言う。

「今は大丈夫だけど、宰相を見てたら不安になって」

「ああ、まるで別人のようだったな」

ロウの感想は私と少し違うようだ。普段と違うから怖いんじゃない。

ただ彼が“何か知っていそう”で不安になる。本能的なものなのかもしれない。

「部屋で休んだ方がいい」

「うん……あっ、でもお茶会でみんなを招待していたんだ」

すっかり忘れていたけど、薔薇の庭園で貴婦人たちが待っている。

「それなら大丈夫だ。中止だと知らせを出している」

「そうなの?」

いつの間に。みんなに悪いことをしちゃったな。今度謝らないと。

「王妃様、ローヴァイン様のおっしゃる通りです。私室で休みましょう。招待した皆さまにつては、私にお任せください」

フランツ夫人も心配そうに私を見る。余程酷い顔をしているのかな。

「分かった。ではそうさせて貰います。そうだ、マリアさんは……」

彼女もかなり恐怖を感じただろうと心配したけれど、意外にもそれ程ダメージを受けていないようだった。

むしろ動揺しているランセルを慰めているように見えた。

強い……最初は心配だったけど、マリアさんって実は王妃に向いているのかも。

それにしても宰相に言いようのない恐怖を覚えたのは私だけみたい。

一体どういうことなのだろう。


ロウに私室に送って貰い、体の汚れを落とすと一気に疲れが襲って来た。


まだ日が落ちる前だと言うのに、私の意識は暗闇に包まれた――――。

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