男女7人!?夏物語~アイドルHinataの恋愛事情【3】~

02 夏休み初日→出校日→その二日後。

 
 翌日の昼前、あたしは電話の前にいた。
 ……とにかく、樋口に謝らなきゃ。
 
 えっと、電話番号は緊急連絡網に確か……あ、あった。
 ピッピッピ……っと。
 
『――はい、樋口ですが……。』
 
 ……あ、お母さんかな?
 
「あ、あの、あたし、藤田といいますが、直くんはいらっしゃいますでしょうか?」
『直? ……あぁ、ごめんなさいね、いまあの子家にいなくて、しばらく戻らないのよ』
「……しばらく、ですか?」
『そうなの。いつ帰ってくるのか分からないのよ。夏休み中は帰ってこられないかもしれないらしいの』
「……あ、えっと、……そうですか」
『直に何か用事だったかしら? 急用だったら連絡先ならわかるんだけど……』
「あ、いえいえいえいえ……また、こちらからお電話しますので……はい。すみません、失礼します……」
 
 あたし、受話器を置いて、ふぅぅぅぅぅぅぅ…………っとため息をついた。
 
 樋口、どこに行ったんだろう?
『夏休み中は帰ってこられないかも』って…………。
 
 ……ま、まさか、あたしが蹴りなんか入れちゃったから、傷ついて旅に出たとか!?
 …………な、わけないか。
 
 
 
 
 
 
 8月上旬の出校日。
 
 はぁぁ……。じりじりじりじりじりじりじりじり……暑い。
 ミーンミーンミーンミーンミーンミーン……って、うるさいよ、セミたち。
 
 あたし、蒸し暑さでサウナ状態になっている教室をぐるりと見まわした。
 樋口は……やっぱり学校には来てないか。
 
 ……なんか、クラスメートがやたら騒がしいんだけど。
『ハギーズ』がどうとか、『ひなた』がどうとかって。
 ハギーズって、あの確か、男の人のアイドルの……グループ名だったっけ?
 
 う~ん、興味ないからわからない。
 
 とにかく、あたしは秋の文化祭の出し物のアンケートをまとめる係になってしまったから、みんなにアンケート用紙を配らなきゃ。
 
「みんなぁ。これ、始業式のときに集めるから、協力してねー!」
 
 
 
 
 
 
 その日、学校から家に帰ると、家の電話が鳴った。
 
 ……もしかして、樋口!?
 
「……も、もしもし、藤田ですけどっ!」
『もしもしー、美里? わたし、加奈(かな)だけど。』
 
 ……あ、なんだ。加奈か。
 
 加奈は、あたしの中学の同級生で、高校は違っちゃったけどいまでもこうしてよく電話で話したり遊びに出かけたりしてる、親友だ。
 
「あ、うん……加奈、今日も暑いね」
『そうだねー。あのさぁ、美里って、『ハギーズ』って未だに苦手?』
「なによ、唐突に。苦手っていうか、興味ないっていうか……。加奈は、好きなんだっけ?」
『もっちろん。……で、今度名古屋でSEIKAのコンサートがあるんだけど、一緒に行かない?』
「……は? なに? せい……?」
『SEIKAって、知らない? いま大人気のアイドルグループ』
「……『ハギーズ』ってのがグループなんじゃないの?」
『あんた、本当に知らないんだね。よし。わたしがチケット代半分持つから、行こう!』
「あの……だから、唐突だってば、加奈」
『一緒に行く予定だったコが、どうしても都合で行けなくなっちゃったの。だから、一緒に行こう?』
「それなら、そうと先に言ってよ」
『今回はね、来月デビューする『Hinata』のお披露目もあるんだよ』
「え? なに? ひなた? ……あ、今日クラスの子たちが騒いでたのって、それかな」
『大ブレイク間違いなし! の『Hinata』だよ? 見ておいて損はないよ?』
「あんた、どこの悪徳業者よ。……はいはい、わかったから……。で、いつ?」
『んっとね、明後日!』
 
 
 
 
 
 
 そんなわけで、その二日後。
 あたしは加奈とともに名古屋へやってきた。
 
「か、加奈っ! あたし、こーいうコンサートとか来るの初めてなんだけどっ」
「そうだろうねー。迷子にならないようにね」
 
 あたしは、加奈にくっついて会場に入った。
 
 うわああぁぁぁ!
 既にすごい人、人、人、人、人、人、人、人!!
 
「ほら、美里。これが、今度デビューする、『Hinata』だよ!」
 
 チケットに書かれた番号をもとに座席にたどりつくと、加奈は入口でもらった紙をあたしに見せた。
 新しくできたらしいグループの、ファンクラブ入会案内用紙のようだけど……。
 
「へぇぇ、これが…………って、え?」
 
 案内に載っている、中高生くらいの男の子3人の写真。
 その中に、見覚えのある顔。
 
 ……この、真ん中の人、樋口に……似てる?
 
 加奈が、チラシの中の男の子を指差して教えてくれた。
 
「左のコが、中川(なかがわ)くん。真ん中のが、樋口くん。……で、右のコが、高橋(たかはし)くん。かっこいいでしょ? 樋口くんは、わたしらと同じ、高校3年なんだって」
 
 …………同じ名前! 同じ年!
 ま、まさか…………!?
 
 
 
 
「えーっと、じゃぁ、次はですね、既に、テレビや雑誌なんかでみなさんご存知かと思いますけど。ぼくらの新しい後輩、『Hinata』!」
 
 コンサートが始まって、後半にさしかかったころ。
『SEIKA』の三人が、『Hinata』を呼んだ。
 
 割れんばかりの歓声(っていうか、耳がほんとに割れそう!)の中、出てきたのはさっきの案内用紙に載っていた男の子三人。
 
「初めましてえぇぇ! 『Hinata』でえええぇっす! よろしくううぅぅ!!」
 
 ここからじゃよく見えないけど……あ、あそこに大きな画面がある。
 
「美里、いま挨拶したのは、中川くんよ!」
 
 加奈がご丁寧に説明してくれた。
 
「えー、来月ですね、デビューすることになりました。ボクたち、『Hinata』って言います。ぜひね、名前だけでも覚えて帰っていただきたいな、と」
「おい、名前だけかよ?」
 
 会場が、どっと沸いた(って、いまのそんなに面白い?)。
 あ、いまのコ……あぁ、画面から消えちゃった。
 
「じゃぁ、まず自己紹介させてもらいますね。……んじゃ、リーダーから」
「おおお俺?」
 
 中川くんってコに促された男の子の顔が大きな画面に映った。
 ……………………!!
 
「えー……、『Hinata』のリーダーやらせてもらうことになりました、樋口直って言います。……えー……って、自己紹介って、何しゃべればいーんだ?」
「もおお、樋口くん、東京と福岡でもやったじゃん。ちょっとね、彼、あがっちゃってますけどね。ボクと違って、しゃべりが苦手なんで。こんなでも、一応、樋口くんがリーダーです」
「おい、『こんな』とか、『一応』ってなんだよ?」
「で、年齢順で、ボクが中川盟。ボクのことね、既にご存知の方も名古屋には……あ、ありがとうございます」
「うわぁ……すごい歓声やね」
「えー、で、この、いま関西弁を発した一番若いのが、……って、自分で名乗りなよ」
「……どうも、高橋諒です」
「…………それだけかよ?」
「樋口くんかて、ほとんどしゃべってないやん」
「高橋、おまえ関西人だろ? もっとしゃべれよ」
「……無口な関西人って魅力的やろ?」
「……えー、まぁ、こんな感じでですね。基本、高橋がボケで、樋口くんがツッコミですかね。ボクは司会進行役な感じなんですけど、リーダーはなぜか樋口くんです」
「『なぜか』って、どういう意味だよ?」
「僕、ボケてへんよ?」
 
 大爆笑(だから、どこが面白いの?)の会場の中で、あたしはただ立ち尽くしてた。
 
 この、いまステージ中央に立っている、『Hinata』の『樋口直』。
 ……間違いなく、あの樋口だ。
 
「えー、じゃぁ、ですね。『Hinata』のデビュー曲、聴いてください、観てくださぁい!」
 
 その言葉を合図に、会場の空気が一変した。
 照明と、音楽と、……そして、会場のお客さんの歓声。
 
 大きな画面に映し出された樋口の顔は。
 あたしの知ってる『クラスメートの樋口直』じゃない。
『アイドルグループHinataの樋口直』だった。
 
 
 
 
 
「ね? かっこよかったでしょ、美里?」
 
 コンサート終了後、名古屋駅から静岡方面への新幹線に乗り込んで、加奈が言った。
 
「…………うん」
「わたし、SEIKAのファンだったけど、Hinataに乗り換えようかな? 高橋くん、かわいいよねー。中三だって。……ね、美里は誰がかっこいいと思った?」
「…………うん」
「……美里、大丈夫? ……って、ちゃっかりファンクラブの案内書、見てるじゃん」
「…………うん」
 
 
 
 
 
 それからのあたしは、たぶんいつもと様子が違ってた。
 
 夏休みの宿題をしてても、友達と出かけても、なんだか上の空で。
 気づいたら、どういうわけか、樋口のことばかり…………。
 
『あんな男のことなんか、俺が忘れさせてやるよ……っ!』
 
 樋口の宣言通り、前に好きだった人のことなんて、少しも浮かんでこない。
 
 こういう気持ちって…………『好き』と言っていいのかな……?
 まだ、わからないけど…………。
 だけど…………。
 
 もし、この気持ちが『好き』なんだと仮定したとして。
 あたし、どっちの樋口のことが好きなんだろう?
 
『クラスメートの樋口直』か、『Hinataの樋口直』か。
 
 ステージで歌って踊ってた樋口は、もちろんかっこよかった。
 他の二人より、少し動きがぎこちないかな、とも思ったけど、そんなのふっとんじゃうくらい。
 あたしのまわりにいたお客さんからも、『樋口くん』って名前が何度も聞こえてきた。
 
 あたしは、あの会場にいる誰よりも、樋口のことを知っているのに。
 なんだか、あたしはステージに立っている樋口から一番遠いところにいるんじゃないかと思った。
 
 あたしは………………。
 
 
 
 
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