男女7人!?夏物語~アイドルHinataの恋愛事情【3】~

02 進路未定。高3なのに。

 少年が開けたフェンスの穴は俺には小さくて外に出られなかったので、フツーに校門から出て、ガッコーの裏手に回った。
 
 ……別に、中坊になぐさめてもらおうなんて、これっぽっちも思っちゃいねーけど。
 なぜか、あの少年に言われると、不思議と引き込まれるような感覚がして、気づくと差し出された手を握っていた。
 
 どうせなら最初から、もっとデケー穴開けておいてくれりゃーいいのに。
 
 ウチのガッコーはムダに広いから、あの場所から校門まで、結構な距離がある。
 俺が、少年がフェンスに穴を開けた場所までたどり着くころには、少年はフェンスの穴を直し終えた後だった。
 
「ね? これなら、問題ナイでしょ?」
 
 少年が指差したフェンスは、どこに穴が開いていたのか分からないくらい、完全に元通りに修復されている。
 ……コイツ、何者?
 
「さてと。ちょーど昼だし、何か食べに行こーよ。ボクがおごるからさ」
 
 少年は、工具の入ったリュックを背負って言った。
 
「は? なんで高校生が中坊におごってもらうんだよ。逆だろ、フツー」
「カネなら、持ってる。たぶん、おにーさんの10倍は持ってるんじゃナイかな」
 
 そう言って、少年はサイフの中身を見せた。
 万札が、1、2……って、パッと見じゃ数えきれないくらい入ってる。
 俺の所持金は、確か3千円そこそこだから……10倍なんてもんじゃない。
 20倍……いや、30倍を軽く超えている。
 
 ……何か、ヤバいカネなんじゃねーだろうな?
 
「おにーさん、いまボクのこと疑ってるでしょ?」
「え? あ、いや……そりゃ、なんでそんな大金……」
「理由は、後で説明するよ。目的地に着いたらね。でも、いまはまず、ソコに行きたいんだケド」
 
 少年が指差したのは、ガッコーの裏手にある、目の前の定食屋だった。
 
 
 
 
 
「おにーさんさ、あのガッコーの何年?」
 
 少年が、運ばれてきた日替わりランチのアジフライに醤油をかけながら聞いた。
 
「俺? 3年だよ」
「3年ってことはさ、進路とか決まってるの?」
「……なんで、そんなこと聞くんだよ?」
「イイじゃん、別に。決まってるの?」
「決まってねーよ、何も。進学するか就職するかすら、決めてねー」
「この時期まだ決まってナイの? やりたいことなくても、みんな、なんとなくで決めちゃってるでしょ?」
「そーだけどよ、俺は……決めらんねーんだ。なんでか、自分でもわかんねーけどよ」
「ふぅん」
 
 少年は、左手と口元を使って割り箸を割った。
 
「運命だね」
「……は?」
「いや、こっちの話」
 
 少年は、左手で持った箸で、付け合せのトマトを口に運ぶ。
 
「左利きか?」
「そ。サウスポー。カッコイイでしょ? 文字は右で書くんだケドね」
 
 二人とも半分くらい食べ進めたところで、定食屋のテレビから軽快な音が流れてきた。
 平日の昼に放送されている、生放送のバラエティー番組だ。
 
「…………では、今日のゲストは、この人です!」
 
 少年は、テレビの方に視線を向けた。
 そして、そのまま動きを止めた。
 
 大きな歓声と共にテレビの画面に現れた『今日のゲスト』は、女性アイドルトップ3と呼ばれているうちの一人、片桐 ヨーコだ。
 
 確か、年齢はハタチ過ぎくらいで、最近女優業でもなかなかの評価を得ている、いま一番ノリにノッてるタレント。
 
「なんだ、おまえ、片桐 ヨーコのファンなのか?」
「ちょっと静かにして。聞こえナイ」
 
 少年は、片桐 ヨーコが出演している約10分もの間、左手の箸を動かすことなく、とても真剣なまなざしでずっとテレビ画面を見つめていた。
 
 
 
「さぁて、そろそろ行こうか?」
 
 少年は、残っていたごぼうのきんぴらを口に含むと、自分のリュックのポケットから何かを取り出した。
 これは……薬?
 
「おまえ、どこか悪いのか?」
「いや……うん、ちょっと貧血気味でね。たいしたことはナイよ」
 
 少年は慣れた手つきで口の中へ薬を放り込むと、グラスの水を飲み干した。
 中学生の男子が『貧血気味』だなんて、よっぽどバランスの悪い食生活なのか。
 それとも、やっぱり何か悪い病気なんだろうか。
 
「ごちそうさまー。おばちゃん、お勘定お願い」
「あいよー」
 
 少年が財布から札を出そうとするのを制して、俺は先にレジの前に立った。
 
「いいよ、俺が払う」
「なんで? ボクがおごるって言ったじゃん」
「やっぱ、中坊におごってもらうわけにはいかねーよ。それに、あのガッコーの生徒は、ここ2割引なんだ。なぁ、おばちゃん?」
 
 店のおばちゃんは、ニコッと笑った。
 
「コイツ、あのガッコーの生徒じゃねーけど、俺の連れだから、コイツの分も2割引いてくれる?」
「もちろん、いいよー。あんたが友達連れてくるなんて、珍しいじゃない?」
 
 おばちゃんは俺からお金を受け取ると、微笑みながら釣り銭を返した。
 
 
 
 
 
「で、どこ行くんだよ?」
 
 俺は、3歩前を歩く少年に聞いた。
 
「東京」
「――――はぁ!? 東京!?」
 
 何言ってんだ、コイツ?
 ここは……静岡だぞ?
 
 日本全体から見れば、そんな遠くないかもしれねーけど。
 いきなり言われて、『はい、そーですか。』なんてついていけるような距離じゃねーだろ?
 
 呆気に取られて少年を見ていると、少年はリュックからケータイを取り出して、
 
「……あ、もしもし? ボクだけど」
 
 と、慣れた様子で、誰かと通話を始めた。
 中坊のクセにケータイなんか持ち歩きやがって(俺もまだ持ってねーのに)。
 
「いまから戻るよ。……うん。高橋に、……そう、大阪の。今日は必ず事務所に出るように伝えてくれる? とりあえず、大阪の方でイイから。……そう。ボクが東京に戻ったら、また連絡するって。……うん、じゃぁヨロシクね」
 
 そう言って、少年はケータイを再びリュックにしまって歩き出した。
 
「なぁ、東京行くんなら、まずバスに乗んなきゃなんねーから、コッチだぞ?」
 
 俺は少年が歩き出した方とは逆の方向を指差した。
 少年は、俺の方を振り返って、
 
「バスや電車は使わないよ。待ってる時間がもったいナイからね。ボクが使うのは、アレ」
 
 と、指差したのは、少し離れたところにある一台の……車。
 少年がその車に近づくと、運転席から男が降りてきた。
 
「待たせたね。これから東京に戻るよ。キミ、お昼は済んだ? ……そう、よかった。じゃぁ、できるだけ、急いでくれる?」
 
 少年が言うと、男は後部座席のドアを開けた。
 軽やかにそこへ乗り込むと、少年は俺に向かって、
 
「おいでよ。失恋してココでウジウジしてるより、よっぽど面白いよ」
 
 誘拐……とかじゃねーよな。
 俺なんかよりも、全然カネ持ってるみてーだし。
 っつーか、とりあえず、ただの中坊じゃねー。
 
 コイツが何者なのか、ちょっと……いや、かなり、興味ある。
 
 俺は、男がドアを開けて待っている車の後部座席に乗り込んだ。
 
 
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