男女7人!?夏物語~アイドルHinataの恋愛事情【3】~

06 小6女子、洗剤で米を洗う。

 グループの結成とデビューを突然言い渡された俺たち三人(と、少女が一人)。
 希の部屋を出て、あまり人のいない廊下を並んで歩く。
 
「リーダーって言ってもさ、メディアに出るときにそう紹介されるだけで、特別何かあるってわけじゃないよ。深く考えなくても、大丈夫」
 
 軽い口調で中川が諭すものの、俺の気持ちはどんどん重くなっていくばかりだ。
 
「そうは言ってもよ……」
「納得できない?」
 
 中川は笑った。
 
「まぁ……無理もないけどね。希さんに出会ったの今日の昼なんでしょう? 3年近くも待たされたボクらとは違って当然だよ」
「待たされた?」
「そう。このグループのリーダーになれる人を希さんが探してくるのを、待ってたんだ。ボクらはリーダーには向いてないから。なぁ、高橋?」
 
 中川が言うと、高橋も無言でうなずいた。
 
「……わけわかんねー」
「さっき希さんも言ってたけど、そのうちわかるよ。きっとね」
 
 4人でエレベーターに乗り込み、7階からさらに上の階へ。
 エレベーターのボタンからすると、このビルは10階建てか。
 その10階で、中川に促されて降りる。
 
「ここが、ボクらがしばらく生活する場所だよ。元々は希さんのプライベートルームなんだけど、今年の春からボクも一緒にここで生活してる」
 
 中川がそう言った部屋は、オフィスの方の洗練された感じの部屋とは違って、意外とフツー。
 庶民的と言ってもいいかもしれない。
 
 いや、『中学生の男子の部屋』と言った方がいいか?
 よく考えたら、希はその『中学生の男子』なんだな。
 
 ただ……『中学生の男子の部屋』というには、かなり広すぎる、というところあたりは、やっぱり『社長の息子』だ。
 
「基本的に、自由にしていいよ。たいていの物は揃ってるし、足りない物があれば、希さんか総務に相談すれば、なんとかしてくれる。……ただ、そこの部屋」
 
 中川は、部屋の隅にあるひとつのドアを指差した。
 
「そこだけは、勝手に覗いたりしちゃダメだよ。いまはそっちが希さんの寝室になってるんだ」
 
 一通り説明すると、中川は冷蔵庫の前に立って、
 
「お腹すいてるでしょう? 今日はボクが作ってあげるよ。明日からは、当番制ね。あ、そうだ。奈々子ちゃん、ちょっとだけ手伝ってほしいんだけど……いま、いくつ?」
「…………11才」
 
 高橋の妹、奈々子ちゃんは、ややうつむいたまま答えた。
 
「ってことは、小学5年?」
「……6年」
「じゃぁ、家庭科の授業でやったことあるでしょ? お米、砥いでほしいんだけど」
 
 中川は、奈々子ちゃんにお米のある場所を指し示すと、自分の作業に取り掛かった。
 高橋は、その様子を無表情で見つめている。
 ……と、その顔が突然、呆れ顔になった。
 
 キャベツを切っていた中川が、慌ててその手を止めて奈々子ちゃんに言った。
 
「……あっ、ちょっ……奈々子ちゃん、お米は洗剤で洗わないんだよ。……違う、そうじゃなくて……。おい、高橋っ!! おまえ、妹にどういう教育してんだよっ!?」
 
 
 
 
 中川が作ってくれた晩飯(お米は結局、高橋が砥いだ)は、なかなかうまかった。
 
 飯を食い終わったいま、中川は、奈々子ちゃんと一緒に、夏休みの宿題。
 俺と高橋は、食後の後片付けをしている。
 
「……なぁ、高橋。両親が旅行って、いつまでだ?」
「一週間」
「一週間も!? 中学生と小学生の子ども置いてか? 大丈夫なのか?」
 
 高橋は、手を休めることなく、
 
「そういう親やから、昔から。今回はまだまともな方や。なんの予定も知らせへんと、母親だけ突然、3ヶ月くらい留守にしたこともある」
 
 と、淡々とした口調で言った。
 
 ……関西人って、もっとやたら『しゃべりっぱなし』なイメージがあったけれど、この高橋はかなり無口だな。
 こちらから聞けば答えてはくれるけれど、ほんと最低限のみ、って感じだ。
 
「高橋はいつごろ、希に出会ったんだ?」
「2年半くらい前。僕の小学校の卒業式のとき」
「小学校の? ……ってことは、アイツも小学生だったろ?」
「そやね。僕より2つ年下やから、当時小学4年だったはずやけど」
「小学4年って、ガキンチョじゃねーか。そんなガキに、なんて言われて信じたんだ?」
「樋口くんから見たら、中学1年だって、ガキなんやないの?」
 
 高橋は、クスっと笑った。
 
「あの人は、独特やね。年齢を感じさせへん、『何か』があんねん」
 
 そう言って、高橋は自分の右手を見つめた。
 
 
 
「よ……っと。これ使ってね。グループは3人って決めてたみたいだから、布団も3組しかないんだけど」
 
 奈々子ちゃん、高橋、俺の順番で風呂を使わせてもらっている間に、中川が寝床の準備をしてくれていた。
 
「奈々子ちゃんは、高橋と一緒でいいよね? それとも、ボクと一緒に寝る?」
 
 奈々子ちゃんに向かって中川が言うと、高橋は無言で中川を睨みつけた。
 
「じ……冗談に決まってるだろ? そんな怖い顔すんなよ。じゃぁ、布団くっつけて、端っこに奈々子ちゃん。その隣に高橋……それから、樋口くん、ボク。で、いいでしょ?」
 
 
 
 
 中川が風呂に入ってる間に、奈々子ちゃんは言われたとおり布団の端っこで眠ってしまった。
 高橋は、その横で問題集らしきものを広げている。
 
 そういえば、高橋は中学3年って言ってたから、受験生だな。
 
「おまえ、デビューなんかしちまったら、高校受験とかどうするんだ?」
「……そやなぁ。この間の個人面談で、だいたいの志望校決めたとこやったけど、考えなおさなアカン。希さんに相談してみんと……」
 
 高橋は、そこまで言うと、問題集に向けていた視線を俺に向けた。
 
「そういえば、樋口くんも、受験とかあるんちゃうの? 高校3年なんやろ?」
「俺か? 俺は……何も決まってねーんだ」
「何も?」
「そうなんだ。就職するか、進学するかも……な。まったく決めてねー。高3のこの時期に、何も決まってねーなんて、おかしいだろ?」
 
 高橋は、俺の言葉を聞いても、表情を崩さない。
 
「……どうやろ。確かに少数派かなとは思うけど……そういう人もいていいんと違う? 自分のやりたいこともわかってへんのに、周りに言われて適当に決めてしまうより、よっぽど自然なことやと思うし」
 
 再び問題集に視線を落として、続けた。
 
「それが、樋口くんのペースってやつなんやろ」
 
 
 
 
 
 その夜、俺はなかなか眠れなかった。
 
 今日の昼までは、フツーにガッコーに行って。
『失恋』という、突発的ではあったけれど、それまでの人生の流れから考えれば当然起こり得る出来事があって。
 
 ……でも、その直後に出会った『萩原希』によって、俺の人生が大きく変わろうとしている。
 
 明日から始まるはずだった、何の目的もなく過ごす、高校生活最後の夏休み。
 今朝には想像もできなかったような、とんでもない夏休みに変わりそうな気がする。
 
 中川も、高橋も、……そして、希も。
 なんだかんだで、気が合いそうだし。
 
 まだ、いまいち状況がよくわかってねーけど、いっちょやってみるかな?
 
 ……そんなことを考えながら、やっぱり身体は疲れていたのかしっかり眠ってしまい、気づいたら翌朝だった。
 
 
 
 
 
 
「ん…………あれ?」
 
 全員の寝ている位置が、昨夜と違う。
 きっと、夜中にそれぞれが便所にでも行ってるうちに、入れ替わってしまったんだろう。
 
 奈々子ちゃんが寝ているはずの端っこには、高橋。
 その隣に、奈々子ちゃん、中川、……そして、俺。
 
 ――――って、おいおいっ。
 
 奈々子ちゃんが、中川の手を握って眠ってるぞ?
 しかも……異常に近い。
 
 アニキと間違えてるのか?
 いま高橋が起きたら、中川のやつ、殺されるんじゃねーか?
 
 俺は、奈々子ちゃんの手をそーっと中川の手から離した。
 
「……おい、中川。……中川っ」
 
 高橋を起こさないように小声で、眠っている中川に声をかける。
 
「起きろっ。……おい、中川っ」
「……ん、なに……………………って、げぇぇ!?」
 
 目覚めた中川は、自分に起きている状況を瞬時に理解して、青ざめた。
 
「……………………なんでっ?」
 
 ゆっくりと起きあがって、じわじわと奈々子ちゃんから遠ざかる。
 
「知らないうちに、入れ替わっちまったみてーだな。よかったな、先に起きたのが高橋じゃなくて、俺で」
 
 中川は、高橋のいる方とは逆の端までたどり着くと、ようやく安堵の表情を浮かべた。
 
「……ホントだな。樋口くんは、命の恩人だよ」
「…………なんの話?」
 
 それまで熟睡していたはずの高橋が、突然むくりと起きあがった。
 俺と中川は、顔をこわばらせた。
 
「な……ななななんでもねーよ」
「そそ、そうそう。何も、なんにもないない」
 
 高橋は、怪訝そうな顔をして、次の瞬間には再び布団に突っ伏して眠ってしまった。
 
 
 
 
 
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