妖しな嫁入り
 得体が知れないという言葉は妖狐にも当てはまるが、この藤代という男も負けていない。片目を覆うほどに伸ばした髪のせいで左目しか窺えないのだ。その左目は赤く、私の姿を前に驚き見開いたかと思えば瞬く間に平静を取り戻す。何を考えているのか、妖狐以上に読めない相手だと感じた。

「朧様、奥方様、おはようございます。やはり、わたくしは邪魔ではありませんか? 朝からお楽しみ中のようですし……」

「問題ない。残念だが、お前が思うようなことは何もなかった」

「そう言われると、先ほど『まだ奥方様ではない』と申されたように聞こえましたが」

「賭けをしていてな、俺が勝てば晴れて妻に娶ることが出来ると約束を取り付けた。つまり婚約期間とでも言うべきか、今はまだ未来の妻としか言えん」

 違うと一言叫んでやりたいのだが、おそらく私が口を挟んでも無駄な空気が流れている。

「なるほど、かしこまりました。しかし朧様も悪い方ですね。あなたが勝負で負けたことなどありませんのに」

「さてね。椿はたいそう気が強い。俺も油断してはいられないさ」

「椿?」

「彼女の名だ。俺が与えた」

「左様で……。ではそのように扱わせていただきます」

 居住まいを正した藤代は慎重に頷く。

「そうしてくれ。任せたぞ」

「かしこまりました」

 繰り広げられるやり取りを他人事のように見つめていると藤代が私の方に顔を向ける。

「奥方様、いえ椿様とお呼びいたしましょうか。『未来の奥方様』では少々長いですからね」

 そんな未来は永劫訪れないと決意したばかりであり、そう言いたかったのだが、口にする前に藤代の自己紹介が始まってしまう。

「申し遅れました。わたくし朧様に仕えております、藤代と申します」

 私は藤代の動きに細心の注意を払う。妖狐による不逞な振る舞いの数々もあって、油断大敵との警報が鳴り響いていた。

「妖なの?」

 どう見ても同じ人間なのに、わかっていても問いかけずにはいられない。

「はい。もちろんです」

「君の護衛兼、教育係だ」

 妖弧が補足し、私は目を見開くことになる。

「妖から学べというの!?」

 しかも護衛? 守られる? 私が、妖に!?

「俺の妻になるにあたって必要なことだ」
< 15 / 106 >

この作品をシェア

pagetop