妖しな嫁入り
曇天の逢瀬
 妖屋敷に住まわされてからというもの、私が日課としていることが二つ。

 一つは机に向かって本を読んだり、先生役の妖(主に藤代)から講義を受けている。
 戦うための術しか教えられなかった身では長時間机にかじりつくのは苦痛かと思いきや、藤代の教え方は上手く、教わり慣れていない私にも飽きさせまいと趣向を凝らしているのが伝わる。それも相まってか、さらに深く知りたいと欲が生まれるばかりだった。

 妖相手に教えを請うなど情けない、私は当初そう考えていた。けれど約束したからには守るのが人間の義務というもので……。

 葛藤を抱きながら始まった講義だが、私がいかに物を知らず、知らなすぎるかを思い知らされた。それを馬鹿にされようものなら、こんなにものめり込むことはなかっただろう。もっと反発していたかもしれない。けれど藤代は一度たりとも私を馬鹿にすることはなかった。それどころか呑み込みが早いと感心するばかりで、気がつけば私は勉学にのめり込んでいた。

 講義が終われば凝り固まった体を解すように稽古が待っている。これについては説明するまでもないだろう。これまでしてきたことと変わらな――いや、これも違っていた。
 相手がいるだけでもかなり違う、というか大違いだ。それも私を強くしようという感情が伝わってくるのだから。
 私は藤代から型というものを指南され、互いに攻撃を打ちあうことが多かった。幸か不幸か、彼もまた朧同様強敵のようだ。
 そして学ぶほどに思い知らされる。勉学も、戦いも、私は妖相手に遠く及ばないのだと。
 それを実感できるほど、私の日々は穏やかなものだった。

 あれから何日経った?

 今では暦の読み方も教わり今日が何月何日なのかもわかる。ここで暮らし始めてから一週間ということになるようだ。
 いつ終えるかもしれない日々を過ごしていた私にとっては新鮮でしかない。当たり前のように今日が平穏に終り、当然のように明日が訪れる。温かい食事が運ばれ、柔らかな寝床が用意されているのだから。
 そんな毎日を過ごせることを私は嬉しく思い始めていた。

 でも――

「熱心だな」

 稽古前、高い空を見上げていた私は一瞬にして現実に引き戻された。顔をしかめて振り向けば、屋敷の主である朧が妖艶な笑みを向けている。

「朧……」

 狩るべき妖の名。彼の顔を見る度、嫌でも思い出さざるを得ない。私の役目は人として妖を狩ること、決して忘れてはならないと語りかけるのは私を育ててくれた人。全ては妖を狩るための仮初、この日々を絶ち切り認められるためにしていることなのだから。
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