妖しな嫁入り
 その日は夜が明けたというのに外は暗かった。縁側から空を見上げると、分厚く鈍い色をした雲が空を覆っている。じき雨が降るのかもしれない――そう考えていればさっそく顔に雫が当たった。
 雨脚は次第に強くなる。吹き込む風に濡れまいと数歩身を引いた。
 草木を濡らす雨も屋敷の中までは侵略できない。この屋敷が古く寂れていたなら話は別だが、そんな素振りは微塵も感じられない。

「静か……」

 この世界に一人きりのような錯覚に陥りながら、実際にはあるはずがないと笑い飛ばす。じきに賑やかになることを私はもう知っていた。

「失礼いたします。椿様、起きていらっしゃいますか?」

 ほら、想像通りの来訪者がやってきた。

「起きているし支度も整っている。入って構わない」

 再度断りを入れて入室する藤代は相変わらず丁寧だ。妖だと教えられなければ気付きようがない。

「本日の講義と稽古ですが、急遽中止になりました。休暇ということになります、どうぞ満喫ください」

 講義か稽古の予定を告げに来たかと思えば、彼の口から出たのはまさかの『休暇』である。暇をもらったところで私に予定があるわけないのに。
 休暇なんて無縁の言葉だと思っていた。それを当たり前のように差し出されても困る。もっと言えば、妖屋敷で何をしろというのか。

「そうだ、私一人でも稽古をする。名案」

「いえ、本日は生憎の天気ですから……」

 そういえば、この屋敷で迎える初めての雨だ。なるほど、雨だと講義と稽古は中止になるのか――
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