妖しな嫁入り
月に杯
 宴の最中に起こった事件は『嫁候補襲撃事件』と命名された。
 けれど広間では今なお宴が進行中である。屋敷で働く者の間には瞬く間に広まったこの事件。けれどそれは彼らの間だけ。招待客は華やかな宴の陰で主催者の嫁候補(本人否定)が襲われたなど知る由もない。そもそも主催者に嫁候補がいるという大事も知られてはいないという。

 中座した朧もようやく宴へ戻ってくれた。なんとかもっともらしい理由をつけて遠ざけることに成功した、この達成感! もう大丈夫だからと何度も言ったのに、手ごわい相手だった。
 せめてもの譲歩とばかりに野菊をそばに置くことを条件にされているが、朧がそばにいられるより満足な結果だと思うことにする。けれど、ただでさえ手が足りない忙しいと皆が嘆いていたのに。いくら反論しようと、野菊を始め誰も私の話なんて聞いてくれなかった。

 そこで私も譲歩と言うべき提案を一つ。

 黒地に飾り気のない帯を絞めただけの簡素な造りは屋敷で働く女の妖と揃いだ。見た目よりも動きやすさを重視されたそれは着心地が良かった。これなら野菊もそばにいられるし、働き手の問題も解消される。
 名案だ、お盆を手に私は広間へ足を踏み入れた。

 理解はしていたことだが……妖がたくさんいる。ただの人間と見紛う妖も、当たり前のように角が生えた人間もいる。
 料理と酒が並んだ机を前に各々が寛いでいた。話題は最近の町の様子だとか、商いについてだとか。まるでに人間のような会話が飛び交っている。
 その頂点――上座にいるのが朧だ。彼は明らかに不機嫌な表情で酒を煽っている。主催者なのだから、そこは愛想笑いでも浮かべておくべきではと思わず心配してしまうほどに。
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