妖しな嫁入り
 一度酌をしてしまえば、あれ以来拒む理由を失った。
 縁側から見上げる月は美しい。手が届かない美しさ、それを見上げながら酒をたしなむ朧もまた儚げ彫刻のようだ。実際は儚いだけではなく、怖ろしく強いので性質が悪いけれど。
 酒を飲み過ぎれば理性を失うこともあると聞くが朧に変化は見られない。変わらずの佇まいで変わらぬ軽口をたたく。
 彼はこの時間が好きなのだと藤代が教えてくれた。何が楽しいのだろう、初めこそ私も思っていたのだが。縁側から見上げる月は格別だ。月なんてどこで見ても同じだと思っていたのに。

「月は遠い。そばにあるように見えて、遠くて手が届かない。少し、残念」

 初めこそ無言で付き合っていたのだが、次第に他愛のないことを話すようになっていた。
 めいっぱい手を伸ばしても届かないし、届くとも思えない姿に魅入られる。

「まるで君のようだな」

 朧が幽かに笑いを零す。

「私? 私とは違う」

「いいや、君は俺にとって月のようだ。ああ、月といえば俺の一族は……」

 しまったとでも口走りそうな表情で朧が口を閉ざす。

「言い淀むなんてらしくない」

「それもそうか……。我が一族は月を愛でるのが好きでな、当主には代々『月』の文字を受け継がせると、言うつもりだった」

「だから、朧?」

 その通りだと月の名を持つ彼は頷く。

「そう……。良い風習だと思う。一族というのは家族、みたいなもの? だとしたら朧は皆に愛されていて、素敵な名前」

「おい、褒めても隙は見せないぞ」

「隙が欲しくて言ったわけじゃない。だいたい、こんなことでどうにかなる相手ならもっと簡単に済む」

 褒め殺していただろう。

「私が知っていることは多くないけれど、……少なくともこの屋敷の妖に、時折町で話をした妖たちも朧を慕っていた。だから、本当のことを言っただけ」

「君に褒められると戸惑うな」

 そこで一つ、私はある考えに至った。

「もしかして、『ひづき』というのは……」

 明確な字を知っているわけではないが『つき』という音が連想させるのは――だからこそ朧も迷ったのだろう。

「迂闊な話題を振るものじゃないか。緋色の月で緋月、いずれ話すつもりでいたが俺の母親だ」

 一族の誰かとは想像していたが母とは驚かされる。つまり私は朧の母から命を狙われたということだ。
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