妖しな嫁入り
妖への誘い
 どうしてこうなったのか。今日もまた、終わりのない問答を繰り返す。
 朧が私にくれた物はたくさん。着物から装飾品、たとえばこの名ですら彼から贈られたもので。名無し、影無し、それが私という存在だったはずなのに。朧は私を変えようとする。何かあるたびに違うと否定して拒絶して、抗っているはずなのに……朧はしつこい。
 今も私は『椿』と呼ばれている。思い返せばこれが初めて朧からもらったものだ。押し付けられたというほうが当てはまるほど強引だったけれど、そのたった三文字の響きが私を狂わせていくようで……。

 取り返しがつかなくなる前に、早く――

「椿。一つ閃いた」

 また今日もその名で呼ばれる。
 とたんに警告を囁いていた自分の声が遠のいた。朧は何気なく呟いたかもしれないが、私にとっては現実へと引き戻されるきっかけだ。
 どうして朧が……
 ゆっくりと記憶をたどれば、確か私は藤代との稽古に励んでいたはず。
 藤代は無知な私に驚くことはあっても呆れることはしない。だから私も素直に教わることができていた。
 筋が良いと語る姿は本当に満足そうで、悪いところがあれば指摘もしてくれる。他の者に教えられた経験がないので正確さに欠けるけれど教え方は上手いと思う。

 でも今日は――
 違う。もうずっと、今日だけじゃなくて。私は焦っていた。

 ここへきてどれくらいたった?
 それが未だ藤代という相手さえ越えられない。こんなことで本当に朧を……
 何もかもが私を焦らせていたと思う。見かねた藤代にも休憩を進められたくらいだ。

「君、聞いているのか?」
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