妖しな嫁入り
闇に生きる覚悟
 最後に憶えているのは悲痛な表情。まるで自分自身の痛みのように朧は顔を歪めていた。

 止めて、だめ、従わなくていい!

 私のことは放っておいて!

 お願い、お願いだから無事でいて!

「おぼ、ろ……?」

 容赦ない朝日が私を暴く。影のない体が光に晒されていた。
 冷たくて固い床の感触。久しぶりのそれは慣れ親しんでいたはずなのに、やけに辛く感じた。きっとあの屋敷の布団が心地良かったせいだ。
 私はこの景色を良く知っている。殺風景な部屋、ほとんど閉ざされたきりの外へと繋がる唯一の扉。部屋の外に広がるのは荒れた庭。

「戻って……」

 夢はいつか覚めるもの。傍にはこれを着ろと言わんばかりに黒い巫女装束が投げ捨てられている。

 着替えを終えると見計らったように扉が開く。
 当主様が直々に会いに来るなんてよほどのことだ。妖嫌いの当主様は影のない私も彼らと同じ異端として扱う。視界に映すことも毛嫌いし、代理を立ててばかりいたのに。
 私が元の黒衣に身を包んでいることがよほど満足なのか、少しだけ機嫌が良いように感じた。

「あの妖はどうされたのですか」

「久しぶりの我が家だというに、随分な態度よのう」

 ここが私の家?
 違う。こんな檻のような場所が家であるはずない。けれど朧の様子を知りたければ機嫌を損ねてはいけない。

「どうか、お教えいただけませんか」

 刀はそばにある。けれど私が人相手に抜けないことは当主様が誰よりわかっている。だから私には頼むことしか出来ないのだ。

「そんなにあれが心配か?」

「私の獲物です」

「そうかそうか! なに心配するでない。じき場を設けてやろう。それまで暴れられては面倒なのでな、適当に痛めつけ牢に繋いでおる」

「そんな……」

 抵抗しない? 朧ほどの実力があれば人間に遅れを取るはずがないのだ。

「お前の名を出せば大人しいものだ」

「酷い!」

「何が酷いものか!」

 頬を叩かれ衝撃によろめく。

「それはお前だろう! 育ててやった恩を忘れ妖に取り入ったか! 幻滅させるでない!」

「そんなこと」

「黙れ! ああ、お前の声など聞きたくもない」

 汚らわしいと吐き捨て視界にも入れなくなった。

「少し見ぬ間に饒舌になったものだ。頷く以外喋りもしなかったものを」

 当主様にとって私は妖を狩るための道具。道具に意思は必要ない。道具は喋らない。ボロボロになるまで使われて、そして……いつか朽ち果てる。

「このような私は、不要ですか」
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