二度目の結婚は、溺愛から始まる


「おはよう、海音ちゃん」


海音さんは、まさに救世主だ。
征二さんの怖い笑顔も一瞬で柔らかくなる。


「おはようございます、海音さん」

「早いね? 椿ちゃん。もう準備終わっちゃった?」

「は、はい。掃除だけですが……」

「そっか。ひとりでやらせて、ごめんね? 征二さん、明日はもうちょっと早く来ますね?」

「二人とも、無理することはないんだよ。開店に間に合えばいいんだから」

「はい。仕事に慣れたら、そうします。征二さん、椿ちゃん、今日からよろしくお願いしますっ!」


海音さんはにっこり笑い、勢いよく頭を下げた。


(さすが海音さん。わたしには、一生、無理かも……)


征二さんの言葉を否定することなく、自分の意志を曲げずに通した海音さんを見て、自分にはできない芸当だと落ち込んでしまう。

わたしの性格上、相手と真正面から向き合い、やり合わずにはいられない。
しなやかに相手の意見を受け流すなんて、できそうもない。


「よしっ! 気合入れて働きます! あれ? 椿ちゃん、元気ないね? 疲れてるの?」


スタッフルームに荷物を置き、自前のエプロンを着けて戻って来た海音さんに覗き込まれ、慌てて首を振る。


「いえっ! ちょっとぼーっとしていただけです」

「具合悪いなら、無理しないでね?」

「はい、ありがとうございます」

「征二さん、掃除の次は両替の用意?」

「今日は、昨日の分で間に合いそうだから、必要ないよ。いまのうちに、売上や仕入れ、シフトのことなんかも教えておこうかな」


かつては、レトロなレジスターを使っていた征二さんだが、現在はノートパソコン一台で会計からパートさんやアルバイトのシフト管理までまかなっている。

食材の発注も、八百屋の店長が代替わりして息子になって以来、メールで行っているそうだ。

征二さんの簡単な説明を聞きながら、ひと通り操作を覚えたところで、最初のお客さまが来店した。

わたしがオリジナルブレンドを淹れる間、征二さんは常連さんとのんびり会話をし、海音さんはランチの下準備に取り掛かる。


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