二度目の結婚は、溺愛から始まる

「やれやれ……顔を合わせて五分と経たずに兄妹喧嘩を始めるとは。二人とも、まったく成長していないな」

「お祖父さま!」

「コイツと一緒にしないでください!」


二人同時に抗議すると、祖父は声を上げて笑い出す。


「いや、賑やかなのは、いいものだな。椿がいなくなってからは、その減らず口が聞けずに、寂しい毎日だった」

「わたしだって、深窓のご令嬢らしく、黙って微笑むだけのお人形になれます」


すかさず柾が反論する。


「おまえがご令嬢だって? 料理を鍋から直接食べる、ズボラ人間が? 笑わせるなよ。本物のご令嬢に失礼だろうが」

「そんな学生の頃の話を持ち出さなくてもいいじゃないの!」

「学生の頃? 違うだろ。俺が店に立ち寄った時、ジーノが笑いながら教えてくれたぞ。いまでは、鍋から食べるのはインスタントラーメンじゃなく、パスタのようだが」

「なっ……あの、裏切り者っ!」

「もうやめなさい、二人とも……。ここは一応、病院なのよ?」

「それはそうと……お祖父さまってば、元気そうじゃないの。ご病気はもういいの?」

「わしは、多少咳が長引くくらい、なんともないと言ったんだがな。菫さんが心配して、検査入院させられたんだよ。明日には、退院する」

「検査入院? お母さま……ぜんぜん、話が違うじゃないのよっ!?」


母からのメールには、「お祖父さまがひと目会いたがっている」「一刻も早く帰って来て」などなど、いまにも祖父が危篤に陥りそうな雰囲気漂う言葉の数々が、ちりばめられていた。


「そうだったかしら? わたし……気が動転していたのね」


おっとりにっこり笑う母は、天然を装っているつもりだろうが、そうではないと言い切れる。


「そのおかげで椿が帰ってきてくれたのだから、菫さんを責められんな」

「多少の行き違いがあったにせよ、こんなことでもなきゃ、おまえは帰って来る勇気を持てなかっただろう?」


燃え上がりかけていたわたしの怒りは、祖父のひと言で弱まり、兄の鋭い指摘で完全に鎮火した。

この六年、帰ろうと思えばいつでも帰って来ることはできた。
そうしなかったのは……ひとえに、わたしが臆病だから。

置き去りにした「過去」に向き合う覚悟ができなかったからだ。


「しばらく俺の部屋に居候させてやる。こちらで仕事を見つけるか、もしくはむこうでしっかり腰を据えて働くか、よく考えろ」

「もしくは、すてきな男性と結婚してもいいのよ? 椿。アラフィフのわたしでも再婚できたんだから、アラサーでもいけるわ」

「何を言うのよ、お母さま……」


父と離婚した後、母は日本画家の義父と出会い、再婚した。

芸術家の義父は、世間のアレコレには疎いものの、お人よしで優しい人だ。

父の浮気と離婚で傷ついた母に、笑顔とほどよい肉づきを取り戻してくれた義父には、わたしたち兄妹だけでなく、祖父も感謝している。


「お祖父さまの体調が回復したら、みんなで美味しいものでも食べに行きましょう。それまでは、俺がこいつをちゃんと監視しておきます」

「監視って何よ? 逃げたりしないわ」


小さな声で抗議してみたが、祖父も母も、わたしの声を無視して話をまとめる。


「頼んだぞ、柾」

「お願いね?」

「行くぞ、椿」


わたしの手綱を握る役は、昔から兄と決まっていた。

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