二度目の結婚は、溺愛から始まる

二人には、嘘や偽りは言いたくなかった。

だから、現段階では答えが出ていないと正直に伝えるしかない。


「このままでいいとは思っていない。いい加減、どうするか決めなくちゃいけないと考えているわ。でも……正直なところ、いますぐは答えられない。お祖父さまが倒れたと知って、何も考えずに慌てて飛行機に飛び乗ったから……。でも、蒼の結婚式までには、考えをまとめるつもり。……ごめん。六年経っても、はっきりさせられていなくて」

「焦らなくていい。しばらくこっちにいるんなら、その間にゆっくり考えればいいさ。俺と愛華は、このままでもいいけれど、椿にとってはっきりさせたほうがいいと思うんだ」


涼の優しい笑みが、涙腺を刺激する。


「ありがとう……」

「ああ、でも、何もしなくていいとは言ってないからな! スタッフに本場の味を教えてくれよ? 椿のことを知らないスタッフも多いし、一度店に顔を出してほしい」

「もちろん! わたしが協力できることなら、何でもする」

「ただし、無理はしないでね? 椿」

「ありがとう、愛華」


共同経営者であり続けるにせよ、やめるにせよ、少しでも二人の役に立てることがあるのなら、何でもしたかった。

六年分の借りは、ほんのわずかな時間で返せるようなものではないけれど、何かせずにはいられない。


「それで……蓮さんには会ったのか?」

「蓮?」

「まだ会っていないなら、会うべきだ」

「会うべきって……」

「おまえには、あの人に会う義務がある」

「義務?」


二人は、わたしが蓮と結婚していたことも、離婚して日本を離れることになった経緯も、知っている。
それなのに、いまさらどうして「義務」なんて言い出すのだろうと思った。


「涼っ! いい加減に……」


わたしを気遣い、涼の言葉を遮ろうとする愛華に「大丈夫」と目配せする。


「蓮に……会ったわ。空港で」

「え?」


驚く二人の表情がまったく一緒で、あやうくビールを噴き出しそうになった。


「そんなにびっくりしないでよ? 偶然、空港で会って、祖父の病院まで送ってもらったの」

「……それで?」

「それで、おしまい」

「おしまいって……んなわけないだろっ!」


普段から、飄々としてあまり感情を見せない涼が、空のジョッキをテーブルに叩きつけた。


「りょ、涼? どうしたの?」

「あーっ! もう、おまえもあの人も……見ててイライラするんだよっ!」


突然喚いた涼は、ぐしゃぐしゃときれいに整えられた髪をかきむしる。


「あの人は、大人だし、仕事もできるし、頭もいい。でも、器用な生き方が出来る人じゃない。椿もそれはわかってるだろ? 椿とあんな別れ方をして、きれいサッパリ忘れられるはずがないんだ」


確かに、蓮は仕事以外のことでは不器用なところがある。

自分の幸せよりも、相手の幸せを優先させ、自分の気持ちを押し殺して、みすみす幸せを逃すような人だ。

そして、それでいいと心の底から思える、優しい大人だ。


(子どもだったわたしには……できなかった)


自嘲の笑みを浮かべ、ジョッキに残っていたビールを飲み干す。


「もう、六年……ううん、七年も前のことなんだよ? むこうだって、折り合いをつけて前に進んでる。着実に、昇進もしているみたいだしね」


仕事熱心なのは相変わらずのようだけれど、ワーカホリックだと自覚するくらいの余裕が生まれたのは、前に進んでいる証拠だろう。

もしかしたら、わたし以外の誰かが、彼の息抜きになっているのかもしれないし、わたし以外の誰かが、彼を幸せにしてくれたのかもしれない。

具体的に、その「誰か」を思い浮かべかけた途端、ズキリと胸が痛んだ。

わたしがなりたくてもなれなかった、蓮にとって特別な存在。

七年経って、二人の関係がどうなっているのか知りたいようで、知りたくない。

複雑な気持ちで俯いていると涼が深々と溜息を吐いた。

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