熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 

 観光客は増え、シャッターの降りていた店は新しく生まれ変わり、カフェや老舗店は幅広い客層で賑わっている。

 カメラ片手に市内の観光スポットを巡る若者も多く、SNS映えする場所を求めて訪れていた。

 たくさんの人の情熱(ちから)により、熱海は苦境を乗り越え、再び人気観光地に返り咲いたのだ。

 その要因のひとつとも言える熱海サンビーチの夜は、今日もライトアップにより幻想的な美しさに包まれていた。


「ハァ〜〜……」


 ただし、そこに立つ"(はな)"の心は夜の海よりも相当に暗い。

 つい数ヶ月前までは天にも登る気持ちでいた花は今、地べたをほふく前進で張っているような心持ちだった。


「もうほんと……なんであんなことになったんだろう」


 独りごちた花は、散歩道に飾られた置物であろう【信楽焼(しがらきやき)のたぬき】の隣に、ズルズルと脱力しながら座り込んだ。

 花が落ち込んでいる原因は、あまりにありがちな失恋だった。

 けれどただの失恋ではない。

 泥沼の、それはそれは地獄のような失恋を、花は齢よわい二十五にして味わったのだ。
 
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