俺と、甘いキスを。

差出人の名前がなくても、誰からのものなのかすぐにわかる。それは右京蒼士が夕方の休憩スペースに来ないことを意味しているようだった。

──一体、なんなの。なんて人なの。

彼が私に何の目的があるのか疑問に思う反面、自分が不在になってまで私のことを気にしてくれていることに、何だかくすぐったい気持ちがした。

しかし、彼は既婚者だ。その気持ちも、すぐに消えた。

「柏原研究室ですか。事務所の川畑です。右京さんに書類を受け取りました、とお伝え願いますか。それから、「書類はこれで十分ですので、ありがとうございました」と…」

この内線が意味を成したのか。その後、右京蒼士と顔を合わすことのない、いつもの日常に戻り、ジュース代が送られてくることもなくなった。

会うこともないのだ、そのうち右京蒼士は私を忘れるだろう。
そして、私も彼を忘れるのだ、と思ったのだ。

既に、遅かった。

右京蒼士の姿を見かけては、目で追いかけた。
右京蒼士の声が聞こえると、ドキドキした。
その度に蘇る、彼と接した記憶。
締めつけられる、胸の痛み。
抱いてはいけない、感情の苦しみ。

諦めの悪い、女。

そんな思いを五年も味わったのだ。でも、それも終わりを迎えることにした。
これらを全て、思い出にするために。
もう、決めたのだ。


決心して、目を開く。
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