シンフォニー ~樹
12

健吾の家から帰る時、恭子を 送るのは 樹の役目だった。

歩いて 10分ちょっとの その時間が 樹の楽しみになっていく。


二人きりになると 恭子は 照れ隠しのように はしゃいで話す。

学校のこと、進学のこと、絵里加への憧れなど。

若い素早さで、話題を コロコロと変えて。
 


「定期試験終わったら、お友達と ディズニーランドに行くの。お兄さんにも お土産買ってくるね。」

明るく話す 恭子に、
 
「耳のカチューシャは いらないよ。」と笑いながら、
 

「そうか。試験終わったら 夏休みだね。恭子ちゃん、どこか行くの?」

と聞いてみる。さすがに高校生は 誘えない と思いながら。
 

「一応、受験生だからなあ。でも 少しくらいは遊びたいな。お兄さん、絵里ちゃん達と一緒に どこかへ連れて行って下さい。」

樹は苦笑してしまう。

絵里加と一緒なら と言う恭子の言葉に、自分への好意を感じて。
 
「そうだね。みんなで出かけようか。一日くらいは 気晴らしも必要だからね。」

樹が言うと、明るく笑う恭子。

絵里加の魅力とは 違うけれど 樹は とても寛いでいた。
 

「ねえ、お兄さん。今度いつ 絵里ちゃんの家に 来ますか?私もその日、行くから。」

樹は 声を出して笑ってしまう。
 

「恭子ちゃん、しょっちゅう 行っているくせに。」と言うと、
 
「お兄さん来る日が わからないから。張っているんです。」

恭子は、膨れた顔で言う。

樹にとって、とても嬉しい言葉を。
 


「ありがとう。じゃあ、連絡するよ、LINEで。今日は行くよ、ってね。」

樹は、温かい笑顔で言う。

恭子に 告白させてしまったようで、樹は心が痛む。


でも、まだ言えない。

せめて 高校を卒業するまでは。

それまでは、楽しいお兄さんでいい。
 

「それ以外にも、暇なときは LINEしていいですよ。私、返信早いから。」

恭子は、嬉しそうに言う。
 
「試験 終わったころに、LINEするよ。」

樹の妥協策に、恭子は “ちぇっ” と言う。

やっぱり樹は 声を出して笑ってしまう。


自分は、間違いなくこの子が好きだと思う。
 


絵里加は 特別な女の子で 一緒にいると目が離せない。

胸を締めつけられるような 切なさと ときめきで。


絵里加が 何を望んでいるのか、自分に何ができるのか。

甘い緊張感に満ちた時間。


でも恭子と一緒にいる時 樹は 自分のままでいられることに気付く。

自然に寛いで 気を許して。


そんな樹の回りを 賑やかに飛び回る 蝶のような少女。

時々、そっと 肩に留まってくれる。


でも決して樹の邪魔をしない。
 

最近、健吾と 見つめ合う絵里加を見ても 穏やかでいられるのは 恭子の存在があるから。


『待っていてもいいかな。君が大人になるまで。待たせてくれるかな』

樹は、手を振って 家に入る恭子の背中に、無言で語りかけた。

 


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