未明の三日月

年末年始の休暇には、両方の実家に 結婚の報告に行く。

どちらの家族も、二人を 温かく祝福してくれた。


佳宏も美咲も 大人だから。

どちらの家族も、何も心配しなかった。
 


会社にも 結婚の報告をした。

結婚後も 仕事を続ける美咲は、佳宏と別の課に 異動になるだろう。
 


達也にも聡にも 付いて行けなかった美咲。

東京は 特別な場所だから。


この生活を 手に入れるために、ずっと 努力をしてきたから。
 


それは美咲だけでなく 佳宏も同じだった。


結婚の準備を始める時、佳宏は 一冊の預金通帳を 美咲に預けた。
 

「色々、大変だけど。これでやり繰りしてくれる?」

美咲は 驚いて受け取ることを躊躇する。

佳宏は 笑顔で美咲の手に 通帳を渡す。
 

「結婚式とか新居とか。足りる範囲で準備しようね。」

佳宏に促されて、通帳を開いた美咲は さらに驚く。
 


「えー。こんなに使わないよ。」

総合職の佳宏が 美咲よりも 収入が多いことは知っていたけれど。

そこには、美咲が想像していたよりも はるかに多い金額が 印字されていた。
 


「美咲の指輪も 買いたいし。家具を揃えたり、本当に足りるかな?」

佳宏は美咲に聞き返す。

美咲は大きく頷く。
 

「当たり前だよ。」と言って。
 

佳宏は 派手に遊ぶタイプではない。

でも 東京での一人暮らしだから それなりにお金は必要だったはず。
 

「ねえ。佳宏、お給料いくらもらっているの?」

美咲は聞いてしまう。
 
「うーん、年収でこれよりちょっと少ないかな。」

と通帳の金額を指す。

その金額は、同年代のサラリーマンでは かなり多い方だろう。
 

「私、責任重大だね。」

美咲がポツンと言うと、佳宏は 問いかける目をした。
 

「だって。これから 佳宏をちゃんとサポートしないと。佳宏の能力が、もっと上がるように。」


美咲は 預金通帳と佳宏の顔を 交互に見る。

佳宏は笑い声を上げて、
 


「美咲、最高。俺、来年の収入は 絶対増えるよ。もっと。」


と嬉しそうに言った。



 

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