未明の三日月

佳宏は いつも優しくて、美咲を 大きな愛で包んでくれる。

だから美咲も、佳宏を もっと幸せにしたいと思う。


少しでも佳宏が 楽しく暮らせるように。

二人の生活が もっと豊かになるように。
 


ソファに並んで腰かけて、コーヒーを飲みながら テレビを観る時間。

甘い幸せが 胸を包んで、美咲は そっと佳宏に寄り掛かる。
 

「どうしたの?」

佳宏は少し照れて、でも嬉しそうに 美咲の肩を抱く。
 
「佳宏って、頭にきたり イライラすることってないの?」

佳宏にもたれて 美咲は聞いてみる。
 


「そりゃ、あるよ。」

佳宏は楽しそうな声で笑った。
 
「だって 怒ったり 不貞腐れたりしているの、見たことないから。佳宏が。」


佳宏は 会社でも家に居る時も、いつでも 穏やかに落ち着いていた。
 
「そんなことしても、自分がみじめになるだけでしょう。」

そっと 美咲の髪に触れながら 佳宏は続ける。
 


「それに俺、気持ちを表現するのが 苦手なんだ。」

と恥ずかしそうに言った。
 
「どうして。」

美咲が聞くと、
 
「子供の頃、俺が何か言うと 頭が良いから 調子に乗っているとか いい気になっているとか言われて。それで俺面倒になって 何も 言わないことにしたの。」

と佳宏は言った。

美咲は 驚いて佳宏の顔を見る。
 

「私も。私も、そういう風に言われた。」

美咲の言葉に 佳宏は軽く頷く。
 

「田舎って嫌だよね。俺 言わなくても 考えていた通りになると ほらね、って思って。歪んでいたよね、俺も。」

佳宏は 苦笑して言う。

美咲は首を振って、
 


「だから私、東京に来て すごく楽になったの。」

と答えた。
 

「俺、美咲が 素直に自分の気持ち 話すのを見ていて すごく気持ち良かったんだ。」

佳宏は 笑顔で頷いて言う。
 

「図々しいって 思ったんでしょう。」

美咲は 頬を膨らませて、佳宏を睨む。
 
「思わないって。」

と佳宏は 楽しそうに笑った。
 

「佳宏 私には 言いたい事 言ってね。佳宏が 私の為に 我慢するのは嫌だから。」

美咲が言うと、

「えー、言わないよ。俺、美咲には負けるから。」


と佳宏は笑った。
 
 



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