渋谷ダイヴ
第1話
 リサに父親はいない。
母親への暴力で、母親と二人、リサは逃げてきた。
しかししばらくすると、今度は母親がリサに暴力を振るうようになる。

 高校は中退せざるをえなかった。学費が払えなくなったのだ。
リサはアルバイトを転々とし、今年の4月でやっと18歳になった。
一歩、大人に近づいた。

 リサは母親から逃げる。
寮のあるキャバクラで働き始める。
自由を手に入れた。怖いものなんて何もないと思っていた。
それはリサにとって、
この世界のことなどどうでもいいという意味だった。

 キャバクラ。勤務地、店。腐るほどある東京。

 リサはどこでもよかった。
今いるここでなければ、ここから離れることができれば、
どこでもよかった。

 とりあえず、電車が何本も通っていて、
乗り換える人も、駅近くの様々な店も多い、
そんな駅を適当に選び、その駅の近くの店を適当に選んだ。

 銀座や六本木なんかは選択肢にはなかった。勇気がなかった。
いずれ経験を積んでから。なんて思ったり思わなかったり。

 入った店は、覚えることは4つだけ。
テーブルに着く時の挨拶の仕方、酒の作り方、
ボーイへの合図、客のトイレに付き合うこと。
それだけだった。

 源氏名はそのまま『リサ』。考えるのが面倒だった。
もう少しでも品の高い店を、他に探せばよかったのかもしれない。
そこは品の低い店、客も品が低かった。
ハズレだった。
アタリを探すべきだったのかもしれない。

 体験入店の女たちが毎夜、目まぐるしくやってくる。
しかしその女たちが次来ることはなかった。
そんな店。

 でもリサにとってはどうでもよかった。
母親から逃げた。それがここだった。
店を選ぶ、それも面倒だった。
しばらくはこの店にいようと、リサは思っていた。

 ある日、4人の客がやってきた。
リサはテーブルに着く。酒を作る。話をする。セオリー。

 その4人は同じ会社の先輩と後輩らしい。
仕事は銀座の超一流ブランドのショップ店員。
なぜ銀座のクラブに行かないのか尋ねると、料金が高いから、とのこと。
納得するリサ。
でもこんな店に金を落とすのももったいない、正直そうとも思った。

 その4人の一番年下の男性、通称トミー。
『富田』というに苗字からきているらしい。
リサを歳が近い客も珍しかった。とても爽やかな青年だった。

 明らかに先輩に無理矢理連れてこられたのだろうと、
リサはすぐにわかった。
リサは運が良かった。そのトミーに着くことができて。

 トミーとは波長が合い、会話が楽しい。
話を合わせることも、相手を立てることも、何も必要なかった。
そんな客は、トミーが最初で最後だった。

 話をしていると、やはりこんな店は嫌いで、
こんな時間があるなら、ライヴハウスに行きたいと言った。
トミーは音楽が大好きでとても詳しく、ライヴに沢山行っているらしい。

 一番好きなバンドが近々ライヴをやるから、一緒に行かないかと誘われる。
リサはその誘いに乗る。
同伴や指名など、そんなもの関係なく、トミーと連絡先を交換した。

   音楽って何だろう
   ライヴってどんなんだろう
   ライヴハウスってどんなところだろう

 数日後、トミーからラインが来た。
翌週の木曜、19時、場所は渋谷。
渋谷クラブ・ルインズというライヴハウス。
その日リサは仕事を休み、渋谷へ向かった。
ルインズまでは駅から遠く、リサの足では15分かかった。
渋谷と恵比寿の間付近。通りで遠い訳だ。

 目的地に着く。小さな看板。
そこにはトミーの好きなバンド、
『ロンドンムーン』の名前が書かれていた。
階段を降り、お金を払う。
ライヴハウスの扉はとても分厚くとても重い。
それを知ったリサ。
力を入れて扉を開け、中に入った。
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