アメロイビル・モンスター ~モロス島の人魚姫~
◆参考1《モロス島沖の海域について》◆

マークアルファー・シーのあるモロス島は南極には位置していないが、南極周却流(南極を取り囲む海流)が他の海流とぶつかり合い
軌道のそれた南極周却流の残海流の恩恵を受けやすい場所に位置している。
南極周却流の恩恵とは、ずばり「高濃度酸素海水による極地巨大化現象」である。
南極周却流の海域で生息生物の海中・海底調査を行なった結果、軒並み巨大化した生物が発見・目撃されている。
その理由として、南極周却流の冷たい海水は非常に酸素濃度が高く、それが生物の巨大化を促しているのではないかと言われている…。


ジョアンナの章2~アメロテーゼ01~

●メリッサ●

「ジョアンママ、この毛糸の色はどうかしら?渋くていいブルーだと思うんだけど…?」
そう声がして、反対側の陳列棚から愛らしい顔と毛糸玉をヒョッコリ覗かせたのは【メリッサ】。

【メリッサ・アミルトン 23歳】

この島におけるジョアンナのお世話係として配属された看護学校出の女の子だ。

いや、23歳の女性を「女の子」呼ばわりしては失礼なのかもしれないが、70歳になるジョアンナにとっては
孫のような年齢…。ついつい「子」をつけて呼んでしまうのだ。

メリッサもメリッサで、ジョアンナと出会ってから数時間で「ジョアンママ」と呼び、
ジョアンナのお世話をしながらも母親のように慕ってくれている。

ジョアンナもメリッサも、このマークアルファー・シーで出会ってから4日しか経っていないというのにすっかり打ち解けていた。

最愛の1人息子と別れ、この島に来たジョアンナ。
自分で決めた事ではあるが、決して寂しくないはずはなかった…。
でも今はもう、まるでもう1人の娘が出来たよう…。
死にに来た私に、こんな楽しい日々が待ち受けていようとは…。

「ねぇ、ジョアンママってばー」

「あ、は…はいはい、ごめんなさいね、メリッサ。お兄さんに編むマフラーの毛糸だったわねぇ?あら、良い色じゃない?素敵なコバルトブルーだわ」

「ほんとに?じゃぁこれにしよーっと。すみませーん…!」

ジョアンナとメリッサはマークアルファー・シーに入っている手芸屋の店舗に2人で来ていた。
編み物が趣味だというジョアンナにメリッサが自分も兄にマフラーを編んであげたい…といい、
毛糸選びを手伝って欲しいと店へ連れ出したのだ。

「わ、とっと…ママ、前が見えな…い」

メリッサが山のように毛糸が入った茶色い紙袋を抱えて戻ってくる。

「あら!?メリッサったら!そんなに毛糸を買ったの?マフラーだけなら1ダースも要らないのよ?」

「うふふ、私不器用だから編み物しているうちに絡まって、いくつかダメにしちゃうんじゃないかと思って…」

「…まぁまぁ、ウフフ。大丈夫よ、メリッサ?私がちゃんとわかるように丁寧に教えてあげるから安心してちょうだい」

「ママの事は信用してるわ。でも自分の不器用さは折り紙つきなの。きっとママもビックリするわ」

「あらあら、それはちょっと怖いような楽しみなような…ウフフフフ」

「アハハハハ」

2人の笑い声が辺りに陽気に響きわたる。

買い物を終えると、2人は休憩ということでカフェでコーヒーとサンドイッチを買い、中央の室内公園で食べる事にした。メリッサがジョアンナの車椅子を押し、白い素敵なガーデンチェアのところまで連れて行く。

車椅子で食べるからいいのよ…というジョアンナを、メリッサは「ダメダメ、ママと一緒に素敵なティータイムを楽しむの」と言って、わざわざ素敵なガーデンチェアに座り直させてくれた。

陽が差し込むように造られた緑たっぷりの公園で、白塗りの素敵なアイアンチェアに座り、
美味しいコーヒーとパンの香りに包まれながらゆっくり会話を楽しむ…。

それはジョアンナがずっとずっと昔に忘れてしまっていた"優雅な時間"だった。

「…メリッサ、ありがとう。本当に嬉しいわ。」

そう心からメリッサにお礼を言ってジョアンナは微笑む。
メリッサも嬉しそうに笑って美味しそうにコーヒーを口に運んだ。

「ところでママ。この施設にきて4日位経つけど…どう?少しはココに慣れてきた?」

メリッサが聞く。

「…ええ。貴女のおかげよ、メリッサ。貴女が毎日外に連れ出してくれるお陰で、随分この施設にどんなお店があるのかがわかってきたわ」

「良かったぁ!!私、ママとのお出かけ好きよ。私には母親が居なかったから、一緒にショッピングできるのが本当に嬉しいの。私の夢だったの!」

そうなのだ。メリッサは早くに母親を亡くして、父親と兄だけの家庭で育てられてきたため
"母親"と"子供"いう関係にずっと憧れを抱いていたのだという。

そして、ジョアンナも先日息子と別れたせいで、子供への愛おしさが募っていた。
お互いがお互いを求め合い、本当の親子のように過ごす"この時間"。
ジョアンナは自分の病気自体はどうであれ、心は今、とても満たされ幸せだった…。

そしてその午後のティータイムを楽しんだ日の夕方のことだった。
投薬実験が明日より開始されることがジョアンナに告げられたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー
●投薬の開始●

次の日の昼過ぎにゆったりとした空間に集められた4人の老人とその付き添い。
さらに何人かの白衣の若者達が立ち会う中で、この研究の第一人者であるビルマ・パーキンと名乗った白衣の男性医師は私達に向けこう言った。

「この新薬は、簡単にいえば"若返りの薬"です。私たちの細胞は日々生まれては死んでいくということを繰り返していますが、新しい細胞が生まれ続ければ、私たちはいつまでも若くいられるよう出来ています。ですが、それが今現代において叶わないのは、"新しい細胞"を生み出すように司令を送っている重要な組織…「生産管理細胞」が年をとる事で「新しい細胞を生み出せ」という司令がどんどん減少していくためなのです。「生産管理細胞」が老いることで司令が滞り、「新しい細胞」の生産がどんどんなされなくなり、結果、私たちは老いてゆく…というわけです。」

「…以上が老いの簡単はプロセスです。さて、老いのメカニズムについて話ましたが、ですが、もし、その重要な司令塔である「生産管理細胞」自体が歳を取るのを食い止められればどうでしょうか?「新しい細胞」を生み出すよう常に司令を出し続けてくれさえすれば、私たちの身体は常に新しい細胞へと入れ替わりを続け、いつまでも若々しくいられるはずです。」

「…というわけで、今回、皆さんに治験して頂くのは、その重要な司令塔「生産管理細胞」である『アメロテ"(※1)』に対して、アメロテ自体を復活・再生するようにサポートする薬「アメロテーゼ01」を試して頂こうと思っています。」※1 (生産管理細胞=アメロテ)


………若返りの薬。

ジョアンナも含めて、その場にいる試験体である4人の老人は困惑の表情を浮かべていた…。

正直、何を今更…と思った者もいただろう。

なぜなら、ここにいる4人は皆、より死に近い病気を抱えている者たちばかりだと聞かされていたし、当人たちも自分の病気や状況を百も承知でここにきているのだ。その上で投薬予定の新薬が本人達が抱えているであろう病気…例えばジョアンナなら「癌の治療薬」や、はたまた他の患者ならば「糖尿病の治療薬」などの「特定の病気」に働きかけるような薬…というわけでもなく、どちらかといえば"美容"という部類に入るであろう薬を70代の老人らに投薬するーーと聞いたのだから「………?」というのが素直な反応だったはずだ。

「なお、この新薬の副作用についてなのですが、それについては……未知です。」

少し重たい空気が流れる…。

…と、パーキン医師の隣に立っていた女性が一歩前に足を踏み出して少し鋭い口調で言った。
女性の胸に掛かったプレートをみると「エバン」と書かれている。

「皆さん、これは人間の体内に入ってのみ働く薬で、マウスや他の動物を用いた投薬実験では遺伝子配列が全く異なり効果を発揮しません。だからこそ、皆さんのお力をお借りしたいのです。…とはいえ、皆さんの尊い命を無駄にするつもりは勿論ございません。新薬の副作用が出た場合のリスクを最小限にとどめるため、ごくごく少量の投薬から始めてまいりますので、まずはご安心を…」

「皆さんは我々とともにこの研究で医学界の新しい扉をひらき、未来の医学を世界的に前進させるであろう貢献をなさるのです!そして切り拓いた皆様の名はきっと後世まで刻まれる事でしょう!私たちも全力でみなさんのサポートをしてゆきますので、どうか前向きなご協力をお願い致します!!」

そうエバンが言うと、パーキン医師とその他の白衣の研究員たちは力強く頷き、その頭をジョアンナ達に向けて深々と下げて敬意を示した。

こうして「アメロテーゼ01」の投薬が試験体である4人の老人に開始されたのだった…。

<アメロテーゼ01・試験体者>

●ゴードン ガルシア…73歳・男性
●ミラルダ ロゼ…72歳・女性
●マービン モゼット…74歳・男性
●ジョアンナ アンダーソン…70歳・女性
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