ぜんぜん足りない。

郡光里くんの家にいて、彼とモメて、出ていこうとしてるところだよ。



『ひとり?』

「あー……、うんひとりだよ! 部屋でゴロゴロしてたとこ」


『そっか。じゃあ話そうよ。ちょっとだけ』

「話す……うん、ちょ、ちょっと待っててね。1分くらいミュートしてもいいかな? えっと……えっと、トイレ行ってくるので!」


返事を聞かないまま、ミュートボタンをタップ。

1分以内に自分の部屋に戻って通話する構えを取るのは簡単だけど……

男の子相手に「トイレに行ってくる」はさすがになかったかも。

顔が熱くさせながら、急いで玄関に向かう。



「みっちー、って中村未知夜?」


背後から声が飛んできたけど、無視することにした。


わたしを大事にしてくれないこおり君なんか、ぜんぜん好きじゃない。



「……、帰るなよ」

小さく落とされた声は、扉が閉まる音にかき消されて聞き取れなかった。

< 32 / 341 >

この作品をシェア

pagetop