ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~

13 『妹』の涙と、深いキス。

 
『カエルのお店』にたどりつくと、奈々子は入り口に置かれているカエルの置物に話しかけるようにして座り込んでいた。
 
 周りの目も気になるから、ボクは少し手前からゆっくりと歩いて近づいて、奈々子の隣にそっとしゃがみこんだ。
 
「……奈々子、おまたせっ。大丈夫か?」
 
 この辺りは飲み屋が多い。夜中の10時を過ぎたこの時間でもかなり騒がしいけれど、念には念を入れて……、奈々子にしか聞こえないくらい小さく、声をかけた。
 腕で顔を隠すようにしていた奈々子は、ボクの声にピクリと反応して、ゆっくりと顔をあげた。
 
 ――――涙?
 
「奈々子、おまえ……どうした? 何か……」
「盟にぃ……、盟にぃっ……あたし……どうしよう……」
 
 消え入るような声でつぶやいた奈々子は、昔コンビニの前でボクが奈々子を発見した時と同じように目に涙を溜めて……いや、溜まるより先に、頬に流れ落ちた。
 
 やっぱり……高橋と『兄妹』であることがバレた――?
 
「奈々子、落ち着けっ。大丈夫だからっ。……何があったか、話せるか?」
 
 小さな子供をあやすように、トントンと背中を叩きながら聞いた。
 奈々子は少し間をおいてうなずいて、ゆっくりと口を開いた。
 
「あたし……あたし、諒クンの――」
 
 …………ギィィッ。
 
 わわっ……ヤバイ! 店から人が出てきたっ!
 
 慌てて奈々子の腕を引っ張って立たせる。
 幸運なことにそばに生えていた木の陰に隠れて、奈々子をグイッと抱きよせて背中と腰に手を回した。
 
「え……? 盟にぃ……!?」
「しぃっ……! 人が来るっ。恋人がイチャついてるフリしろっ!!」
 
 超アイドルの『なーこ』が、こんな涙でぐちゃぐちゃになった顔見られたら、やっぱり……ヤバイだろ。
 ボクは店から出てくる人たちの方に背を向けて、奈々子が見えないように……って、えっ?
 
 
 
 ――――――――――――!?!?
 
 
 
「…………いやぁ、まさかあの、Hinataの高橋がねぇ。全然気づかなかったよ」
「水野は知ってたんだろ? 何で教えてくれないんだよ」
「いえ、あの、Hinataの高橋さんだって分かったのは、ついさっきのことで……。あ、でも、これ、まだ極秘ですよ?」
「わぁーかってるよ。とにかく、『あの二人』からは目が離せないなぁ。ホント、信じられないけど…………」
 
 
 ………………………………………………………………。
 ………………………………………………………………。
 ……………………………………もう、行ったか?
 
「……んっ……んんんっ……な、奈々……も、いいって……」
 
 塞がれた唇の隙間からくぐもった声で言うと、奈々子はパッとボクから身体を離した。
 
 奈々子……ボクは『恋人がイチャついてるフリをしろ』とは言ったけど、『ホントにキスしろ』なんて言ってないぞっ!?
 しかも、その…………ディープキス。
 
「……あ、あれ? あたし、何かおかしかった?」
 
 ボクの困惑した表情を見て、奈々子が戸惑ったように聞いた。
 
「いや、おかしくは……ないけどさ。その……ホントに、……舌まで入れなくても……」
「……え? だって、『恋人』はそうやってキスするんだって聞いたけど」
「…………は? 誰に?」
「岸田サンに。前に、ドラマでキスシーンがあって……」
 
『岸田』って……あの、『不倫はなんとやら』とか言った、あいつか!?
 あぁぁああぁんのエロ男爵めっ!! いつか、殺すっ!!
 
 …………って、いまボク、高橋みたいになってるぞ、おい。
 
 いや、それより……この涙でメイクが崩れた顔と、いまのきょとんっとした表情のギャップが……。
 
 いやいや、違う。いまのこの奈々子の行動やギャップより、もっと重要な『何か』がなかったか?
 
 さっき通っていった客たちの会話……。奈々子の行動に驚いて、ハッキリとは聞き取れなかったけれど。
 覚えているキーワードは。
 
『Hinataの高橋』
『全然気づかなかった』
『まだ極秘』
『あの二人』
『信じられない』
 
 これは、もしかして……。
 
『Hinataの高橋』と、Andanteのなーこが兄妹ってこと、『全然気づかなかった』。
 この情報は『まだ極秘』なんだけど、『あの二人』が兄妹だなんて、『信じられない』――――。
 
 ……と、いうことか!?
 
 そういえば、さっき店から人が出てくる直前、奈々子は、『あたし、諒クンの……』って言いかけてたよな。
 それに続くのは、『妹だって、バレちゃった……』って言葉か?
 
 ……とにかく、この場所で話しこんでてまた人が来たら大変だ。
 
「奈々子、とりあえず移動しようか。その顔のままじゃ、タクシーも拾えないだろ?」
「……え? そんなに……ひどい?」
 
 奈々子は慌てて、手で自分の顔を覆って隠した。
 いや、いまさら遅いし。っていうか、そんな顔もカワイイと思うけどね、ボクは。
 
「メイク直せるものは持ってる? ……じゃぁ、ちょっと行ったところに24時間のファミレスあるから、そこでお茶でもしながら話そうか」
 
 ボクが聞くと、奈々子は顔が見えないくらいうつむいて、小さくうなずいた。
 
 
 
 
 
 
 
 ボクが奈々子を連れてきた店は、実は『24時間のファミレス』なんかじゃない。
 
 こんな時間にそんなところ行ったら、逆に目立っちゃうしね。若い子たちが数人いるだけだろうし。
 
 だから、ここ。細い路地から、目立たないところにある階段を下って……地下にある小さなスナック。
 
 ……と見せかけて、実はお年頃のアイドルたちがよく使ってる、完全秘密厳守の個室のあるバー(なんと、24時間営業)なのだ。地下に下る階段も、離れたところに4つくらいあるから、別の階段から時間差で入れば、まずバレない。
 
 昔はボクもよく使ってたけど、紗弥香と付き合い始めてからは来てないな……。さすがに、一般人の紗弥香をこんなところに連れてくるのは、いくらボクでも気が引ける。
 
 ホントは、かわいい『妹』である奈々子にも、こんなところがあるなんて見せたくないんだけれど、状況が状況だけに……致し方がない。
 
 奈々子に『24時間のファミレス』なんて説明したのは、万が一奈々子が高橋に話してしまったときのことを考えてのこと。
 
 ……だって、当然、あいつもこのバーの存在は知ってる(……というか、使ったことあるはずだ)から、ボクが奈々子をここへ連れてきたことを知ったら……いや、ボクはまだ死にたくないし。
 
 そんなわけで、ボクは奈々子と一緒に(普通はもちろん別々に入るんだけどね。こんな夜中に奈々子を一人で行動させるわけにもいかないし)、店内に入った。
 
 店内の照明はかなり暗めだけど、ボクは奈々子の顔が見えにくくなるよう、恋人同士のように身体をくっつけて、店の入り口にいる店員に話しかけた。
 
「……お久しぶりっす。いま、空いてますか?」
「あ……ほんと、久しぶり。……大丈夫。空いてるよ」
 
 そんな最低限の会話だけ交わして案内してもらうと、通されたのは2畳くらいのスペースの個室。
 ソファとテーブルがどどんっと置かれていて、正直かなり狭い。
 
 ……まぁ、本来、ぴったりと密着していたいような関係の二人が来るような場所だからね。
 
「とりあえず……座って。何か飲む?」
 
 ボクが言うと、この部屋の様子にさすがに少し戸惑った表情をしていた奈々子は視線を泳がせて、
 
「……あ、えっと……じゃぁ、あったかい紅茶とか……」
「ん、分かった」
 
 この店は、ドリンクや食事は壁に設置されているタッチパネルを操作して注文するシステムなんだ。
 んで、部屋のドアの隣にある小窓から受け取る……という、極力、人との接触をしなくて済むようになってるってわけ。
 
 芸能人同士が密会するには、これ以上最適な店って多分ないと思う。
 とはいっても、最近は外で普通に堂々と会ってる芸能人も多いから、昔ほど賑わってないみたいなんだけど。
 
 ……っていうか、こんなところ、いったい誰が作ったんだろ?
 
 
 
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