ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~

16 幸せになりたい。

 
 ボクは、紗弥香が出してくれたシャツとジャージのズボン(たいてい、いつもこんな格好で寝てる)に着替えて、ベッドに寝転がった。
 
 ものすごく眠いはずなのに、目を閉じるとさっきの雑誌に載っていた奈々子と高橋の写真が交互に浮かんでくる。
 
 笑顔の奈々子の後で、背中に悪魔の羽が生えた高橋がボクのこと睨んでるっ(いや、写真の高橋の背中には羽なんか生えてなかったけど)。
 
「紗弥香ぁ…………」
 
 ボクは、ベッドからほんの少し離れたところで、ボクが買ってきた雑誌を読んでいた紗弥香を呼んだ。
 
「……ん? 何?」
「あのさぁ、ボクが寝付くまで、ここにいてくんない?」
 
 と、ボクの横に空いてるスペースをとんとんっとたたいた。
 
「どうしたの? 疲れ過ぎて、眠れないとか?」
「ん……っていうか、一人で寝たら、高橋に殺される夢でも見そうで怖い」
「高橋くんに……?」
 
 紗弥香は、一瞬不思議そうな顔をした後、すぐに笑って、
 
「もぉー、盟はおこちゃまだからっ。仕方ないから、この紗弥香ねぇさんが一緒に寝てあげるっ」
「……あれ、紗弥香って、ボクより年上だったっけ?」
 
 ベッドのボクの隣のスペースにもぐりこんだ紗弥香は、いたずらっぽく笑った。
 
「うん。一週間だけねっ」
 
 
 
 
 そういえば……紗弥香には、誕生日とかクリスマスとか……恋人らしいこと何一つしてやったことがないな。
 いや……っていうか、紗弥香の前に付き合ってた女の子たちにも、そんなことしたことない……かも。
 
 ……なんかなぁ。10年近くも昔のこと、引きずってても仕方ないよな。
 
 あの女の旦那になった相手のこと、ボクは知ってる。
 うちの事務所でボイストレーニングの先生してる人だ。
 
 彼は、誠実で真面目で温厚な人だ。
 時々事務所に子どもを連れてきたりして、ボクもその子どもと遊んだことがある。
 
 彼と子どもには罪はない。憎むべきはあの女だけ。……そう思ってた。
 だけど……違うのかもしれない。
 
 あの女は……愛理は、単純に、ボクじゃなくて彼を選んだ。
 たぶんきっと、それだけのことなんだ。
 
 ホントは……ボクだって、幸せになりたいと思ってる。
 それなのに、自分が傷つくのが怖くて、ずっと背を向けている。この先にある『何か』に。
 
 だけどそれは、いまボクの隣にいる紗弥香のことを傷つけてることになるんじゃないのか?
 
「盟? やっぱり眠れないの?」
 
 ボクの視線に気づいた紗弥香は、ボクの顔を覗き込むようにして聞いた。
 
「……別に? 自分の彼女の顔見てたらダメなの?」
「ううん、そういうわけじゃ、ないけど…………なんか、恥ずかしいし」
「いまさら、何言ってんの? もっと恥ずかしい顔、いっぱい見てるし」
「は、恥ずかしい顔? ……どんな?」
 
 いや……真顔で聞くなよ。
 
「ほら、例えば……こんな……」
「んっ……や、やだ、盟っ。どこさわってんのっ?」
「『どこ』って……そういうの言ってほしい? 紗弥香って、実はドM? ここ……××××が××××で××××……」
「ちがっ……そういう意味じゃなくてっ。ちょっ……アイドルがそんな単語言ったらだめでしょっ!? っていうか、盟、寝るんじゃ……ぁんっ……」
「んー……なんか、極限まで疲れちゃってると、逆にこういうことしたくなっちゃうんだよねー」
 
 なんて……ホントは、昨日あんなことがあったから、こう……もやもやしてたっていうか……。
 
 あの狭い密室で、男と女が二人でいて、しかも、相手はいまをときめく超アイドルで……何もなかったのは奇跡に近いぞ?
 むしろ、誰か褒めてくれよっ(って、誰に言ってるんだ)。
 
 そうだ。ちょっとばかし、手を出しちゃおうかなーなんて思ったのは、ボクが正常で健康な男である証拠だろっ。
 それでもって、寸でのところで思いとどまったんだ。
 
 ボクは身も心も正しいことをした。うん。
 
「紗弥香さぁ……クリスマスに欲しいものある?」
「え? 何? ……んっ……ク、クリスマス?」
「うん。……もうすぐじゃん。だけど、イブはボク、生放送の仕事が入ってんだよね。一緒にはいられないから、……せめて、プレゼントだけでもって思って」
「んんっっ……べ、別に、いいよっ。去年だって……そう……だったし……あんんっ……」
「新曲のプロモーションが終わったらさ、少し時間作れると思うんだ。さすがにこの時期……オフは無理だけど。だから、何が欲しいか、考えといて?」
「んっ……っっ……わ、わかっ……」
「……あ、それとも、こういう言葉の方がいい? ××××が×××で××××……とか、×××××だよ、とか……」
「そっ……そういう言葉は使っちゃだめっ。盟のファンのコが聞いたら卒倒しちゃうっ……」
「ファンがどこで聞いてるってんだよ。っていうか、紗弥香だって……ほら、もう×××が××××だぞ?」
「だから……もうっ……んんんっっ…………」
 
 ボクは、そろそろ前を向いて歩いていけるんじゃないかと思う。
 
 何かがきっかけになったのか、それともただ時が経ってそう思えるようになっただけなのか……分からない。
 それに、前を向いて歩いたその先に待ってるものが何なのか、それすらまだ分からない。
 
 だけど、とりあえず……っていったら言葉がおかしいけど、いまボクのそばにいる、この紗弥香とちゃんと向き合って付き合っていくことから、まず始めていかなきゃいけないんだろうな、と思うし、そうしていきたい……とも思う。
 
 もしかしたら、それがいつかどちらか……いや、お互いが傷つくことになるかもしれなくても、いまのように背を向けたまま傷つけ続けているより、たぶん……ずっといい。
 
 ……っていうか、伏せ字にしちゃうと逆にエロい感じがすんのは、ボクだけですか?
 
 
 
 
 
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