ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~

19 『妹』の、オトコ――?

 
 その後、ボクと紗弥香はファミレス(今度はホントのファミレスね)で昼メシを食うことにした。
 
 順番待ってる間(土曜日の昼だから、結構混んでる)も、豚生姜焼き定食をオーダーした後も、そして運ばれてきた生姜焼きを食ってる間も……。
 
 浮かんでくるのは、涙を流した奈々子の顔。
 
 何か……何かが、違う。いつもの奈々子じゃなかった。
 あいつが泣いていた理由は、高橋が道坂さんとうまくいってない(……らしい)のは、自分のせいだと思ったからだ。そこまでは、この間と変わりない。
 
 気になるのは……その後。
 
 紗弥香が店から出てきて、ボクが奈々子に紗弥香を紹介したんだよな。
 いつものあいつなら、紗弥香に挨拶くらい……するよな?
 ……で、袖口かなんかでごしごしっと涙をぬぐって、笑ってくれる……そう思ってた。
 
『…………盟にぃの……彼女……?』
 
 そう呟いた奈々子の表情。あれは、どういう…………。
 
『なんだったら、ボクと付き合っちゃう?』
『ホントに……?』
 
 例の秘密のバーでボクが言った冗談に、奈々子が返した表情と言葉がよみがえる。
 
 ――――――――――――まさか。
 まさか、あいつ……ボクのこと――――――?
 
 
「……い…………盟?」
 
 名前を呼ばれてハッと我に返ると、テーブルの向こう側に座っている紗弥香が、心配そうな表情でボクの顔を見ていた。
 
「あ……な、何?」
「『何?』じゃなくて……早く食べないと、冷めちゃうよ? 要らないなら、わたしがもらっちゃうけど」
 
 言いながら、紗弥香は箸を持った手を、ボクの前にある豚生姜焼きに伸ばした。
 
「ああっ! く、食うに決まってるだろっ! ちょっ……待てっ! ボクの生姜焼きぃぃぃ!!」
 
 
 昼メシを食い終わって(結局、豚生姜焼きの一切れは紗弥香に食われたよ)、ボクと紗弥香はファミレスを出た。
 
 少し歩くと、顔にぽつっ……と冷たい感覚。
 手のひらを上に向けてみると、少しおいて、…………ぽつっ。
 
「あぁ……やっぱ、降ってきたな」
 
 軽く空を見上げて呟いた。辺りを見回すと地面が濡れている。
 ボクらがファミレスにいる間にも、ひと雨降ったみたいだ。
 
 紗弥香が手に持っていた紙袋からさっき買った深い緑色のマフラーを取り出して、ボクの首に巻いた。
 
「おい……雨降ってきたんだぞ? せっかく買ったばっかりなのに、濡れちまうだろ?」
「大丈夫っ。紗弥香ねぇさんは、抜かりないのだっ」
 
 ふふっと笑って、紗弥香は自分のカバンから折りたたみ傘を取り出して、ボクに手渡した(って、ボクが傘を開くのかよっ)。
 
 慣れない折りたたみ傘をなんとか広げて差すと、近くにあったカフェが視界に入った。
 道路に面した部分が全面ガラス張りになっている、そのカフェの店内に。
 
 ――――――奈々子がいる。
 
 さっきの帽子はまだかぶってるけど、眼鏡は掛けてない。
 ……なんだ? あいつ、仕事じゃなかったのか?
 
 よく見ると、窓際に座っている奈々子のテーブルを挟んで向かい側には……ハタチくらいで小柄の若い男が座っている。
 
 この位置からでは、奈々子のやや後方になるからどんな表情をしてるかまではハッキリ分からないけど……少なくとも、奈々子は泣いてはいない。
 
 会話は当然聞こえない。見た感じ、奈々子がしゃべってることに、男の方が相槌を打ってるように見える。
 
 その様子をただ突っ立って見ていると、……あ、男の方がボクの視線に気づいた。
 
 すると奈々子が、自分から逸れた男の視線の先を追うように、ボクの方を振り向こうとした…………な、何!?
 
 男が、奈々子の頬に手をかけ、顔を自分の方へクイッと向き直させると。
 ボクの方をチラッと見て。
 まるでボクを挑発するかのように、ニッと笑って。
 テーブルから身を乗り出すようにして、奈々子の顔に自分の顔を近づけ――――――。
 
「――――――紗弥香っ、行くぞっ!!」
 
 ボクはくるっとカフェの窓ガラスに背を向けると、紗弥香の腕をひっつかんでその場から足早に離れた。
 
 奈々子が他の男と……キスするところなんて、見たくない――――――!!
 
 
 
 
 
「―――盟っ? ちょっと……どうしたのっ?」
 
 霧のように細かい雨が降る中、紗弥香を半ば引きずるようにして無言で歩き続けたボクに、紗弥香がたまりかねた様子で口を開いた。
 
『どうしたの?』――――ホントに、どうしちまったんだ、『オレ』は?
 
 立ち止まって、手のひらを紗弥香の方に向けて……無言で、『ちょっと待ってくれ』。
 持っていたちっぽけな折りたたみ傘を紗弥香に手渡して、空いた手で自分の頭を抱えて……その場に座り込んだ。
 
 何を……イラついてんだ?
 奈々子の『キスシーン』なんて、今までにドラマで何度か見たことあるだろ。
 その度に、『あぁ、ボクのかわいい『妹』は頑張ってるなぁ』なんて思ってたじゃないか。なのに―――。
 
 ……違う。それは、あくまで『仕事』だって分かり切ってるからだ。
 さっきのは……プライベートで、カメラなんてまわってなくて……。
 
 
 ――――――落ち着けよ。
 あの男は、奈々子の『彼氏』なんだろ?
 
 この間、ボクに『彼氏はいない』と言ったのは、ボク経由で高橋に話が伝わったら困るからってこと……だろ?
 
 ボクにだって、紗弥香という『彼女』がいるんだ。奈々子にだって『彼氏』がいたって、おかしくないだろ?
 
 奈々子が、ボクのこと―――――好き……かも。なんて、とんだ勘違いだったってことだろ?
 
 ……そうだ。そういうことなんだ。
 ここは『兄』として、『妹』の幸せを見守ってやるってのが当然の――――――。
 
 ――――――嫌だ。
 奈々子のあの『笑顔』が、他の男に向けられるのは…………嫌だ。
 
 ボクのそばで。
 ボクの隣で。
 ボクにだけ、あの『笑顔』を――――――。
 
「…………盟?」
 
 路上で座り込んだままのボクに、紗弥香は傘を持ったまま同じように座って、ボクを覗き込んだ。
 
「――――――ごめん」
 
 少しだけ顔を上げて、……でも紗弥香の顔を見ることはできずに、呟くように言った。
 
「紗弥香、ホントに……ごめん。おまえのこと、嫌いになったわけじゃないんだけど……でも、ダメなんだ」
 
 もう……自分にも、ウソはつけない。
 ボクは、『兄』としてじゃなく『男』として……奈々子のことが好きなんだ。
 
 
 
 
 
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