ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~

21 遭遇! 芸能リポーター。

 
 
 紗弥香と別れた三日後の昼前、ボクは、奈々子の住むマンションの前にいた。
 
 なんで三日後かって? そりゃ、まぁ……付き合ってた彼女と別れた翌日、すぐに別の女に会おうなんて、そこまで軽い男じゃないよ、ボクは。
 
 っていうか……正直言うと、自分で思ってた以上に、紗弥香と別れたことによる精神的ダメージが大きかったんだけど。
 
 三日経って、『このまま引きずってたら、それこそ別れた意味ないじゃん!!』と、前に進む決心をした……ってわけ。
 
 で、さっき奈々子の携帯にかけてみたら運よく(あいつも忙しいだろうからね)繋がって、いま家にいるって聞いたから、『会って話したいことがある』と言って、奈々子の部屋番号を教えてもらったんだ。
 
 マンションの場所は、高橋の部屋に行ったことがあるから、知ってるしね。
 
 コンビニで買った缶コーヒーを飲み干す。
 普段は紅茶派だけど、気分が沈んでるときはコーヒーなんだ。
 この三日間で、大量に飲んだ。
 たぶんきっと、一生分飲んだに違いない。
 
 マンションの前にあった自販機横のダストボックスに缶を捨て、両手を合わせた。
 
 今のが最後のコーヒーになりますように…………っと。
 
 ―――――よしっ。気合十分っ!! いくぜっ!!
 
 ボクは、マンションの入り口の方へと歩き始めた。
 
 
「―――あれ? 中川クン?」
 
 後方から聞こえた、ボクの名前を呼ぶ4、50代くらいの男性の声に振り向くと……げぇっ!!
 芸能リポーターの柿元(かきもと)さんだっ!!
 
「か……柿元さん、お疲れ様っす。こんなとこで、どうしたんっすか?」
「どうしたって……取材だよ、取材っ!! キミと同じHinataの高橋クンと、Andanteのなーこのさぁ。……あっ!! 中川クン、彼らの情報、何か教えてよっ!!」
 
 おいおいっ。あの記事が出たのって、もう一週間近く前のことだぞ?
 まぁーだ張り付いてんのかよっ。
 
「さぁ……ボクは何も知りませんし、もし知ってたとしても、身内を売るようなマネできませんよっ」
「そうか。そりゃ、そうだよなぁっ」
 
 柿元さんは、がははっ!! と豪快に笑って、スーツのポケットから煙草を取り出した。
 一本口にくわえて火を付けると、持っていた煙草のケースをボクに向けて、
 
「中川クンも一本どうだい?」
「いえ、ボクは吸いませんから。お気持ちだけで」
 
 柿元さんは、「そうか……」と煙草のケースを再びスーツのポケットに収めた。
 
「……で、中川クンはどうしてここへ?」
「え? そりゃ、……高橋に会いにっすよ」
 
 ウソは言ってないぞ。奈々子は『高橋奈々子』だからなっ。
 
「あれ? でも、高橋クンっていま映画の撮影で無人島なんじゃないのかい? あの記事が出てから、このマンションに一度も帰ってきてないけど?」
 
 分かってんだったら、なんでそうやって張り付いてんだよっ。
 
「あー……そうなんっすか? お互いのスケジュールってあんまりよく知らないし、アポなしで来ちゃったから。まぁ、会いにきたっつっても、『コレ』返そうと思って来ただけなんっすけど」
 
 と、ボクはカバンに忍ばせていた紙袋の中身を柿元さんに見せた。
 
「…………キミらみたいな『アイドル』でも、『こういうモノ』見るんだ」
「やだなぁ、柿元さんっ。『アイドル』だなんて、周りが言ってるだけで、ボクら普段は普通の男っすよ? 健全な男っすよ? そりゃぁ、見ますって」
 
 ボクが笑顔を作って言うと、柿元さんもつられて笑顔を作った。
 
「まぁ、あいつがいなかったら、ボク合鍵持ってるから部屋に置いていこうかな。じゃ、そういうことなんで」
 
 ボクは柿元さんに軽く会釈して、マンションの敷地内に入った。
 
 
 
 
「―――っていうか、なんでついてくるんっすか、柿元さんっ?」
 
 オートロックで閉ざされたドアの前で、ボクはしつこい芸能リポーターのおっさんに言った。
 
「いやぁ、高橋クンがいるのかどうかだけでもね、知りたいなぁ~なんてねっ」
 
 おっさんが、媚びるような笑顔作ったって、キモイだけなんだよっ!!
 
 ……とはいうものの、ここで変に対応して、嫌われるのもイヤだなぁ。
 あんまり、敵に回したくないんだよね、芸能リポーター。
 んー……仕方ない。
 
 閉ざされたドアの脇にあるインターホン(……は、各部屋にある方か? えっと……なんていうんだろう?)で、まず高橋(諒の方ね)の部屋番号を押して、呼び出し。
 
 ―――応答はない(当然だ)。
 
「あぁー、高橋のやつ、やっぱいないっすねー。じゃ、ボク、オートロックの暗証番号で入っちゃおうっと」
 
 やや大きめの声で柿元さんに言いながら、再び番号をぽちぽちっと押して…………。
 
 ―――ガチャンッ!! ……ガーーッ。
 オートロックが解錠されて、ドアが開いた。
 
「これ以上は、さすがに無理っすよ、柿元さん。高橋もいないことだし、他のネタ探しに行かれたらどうっすか? じゃ、失礼しまっす!!」
 
 ボクは、ちょっと悔しそうな顔をしている柿元さんを残して、マンションの中へと入っていった。
 
 
 
 ……あぁ、よかった。ちょっと不自然かなぁ、とも思ったんだけど、バレてないみたいだ。
 
 ボクは、高橋の部屋の合鍵も持ってないし、マンションのオートロックの暗証番号だって知るはずがない。
 
 じゃぁ、どうやってオートロックを解錠したかって? 答えは簡単っ。
 
 暗証番号を押すフリをして、実は奈々子の部屋番号を押してたんだ。
 
 ここのインターホンって、カメラ付きだから(以前、高橋の部屋に行ったときに知ったんだ)、ボクが何も言わなくても、部屋のインターホンの画面に映し出されたボクの顔を見た奈々子が解錠してくれたってわけ。
 
 ……『コレ』は後で高橋んとこの郵便受けにでも突っ込んでおこうっと(許せ、高橋っ)。
 
 ボクは、軽い足取りで奈々子の部屋に向かった。
 
 
 
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