たとえばあなたのその目やその手とか~不釣り合すぎる恋の行方~
本来なら退職させてもやむを得ない状況だったが、俺は一度くらいの過ちで全てを見切るのは早いと思っている。その後の出方が大事なんだと。

しかし、山川は営業トップクラスの人間で、やはり出向は想像以上に堪えたのだろう。

それだけは勘弁してほしいと何度も頭を下げてきた。実は、辞めた同期に脅されていたとか言っていただろうか。

大抵、自分のミスを人のせいにする人間は信用には値しないということは何度も経験して知っている。

「一度信頼を失うとその信頼を回復するのにどれほどの時間と労力がかかるかということを身をもって知ってほしい」と山川に伝えると、彼は項垂れたまま社長室を後にしていった。

彼はプライドの高い奴だから会社を辞めるかもしれないなと脳裏を過ったが、去る者は追わずだ。

俺には片付けなければならない大事な仕事が次から次へとあふれている。

営業部長にフォローを頼み、その後予定通り出張に出た。

その日の夕方、秘書の米倉から電話が入ったのだが、どうやら彼女は電話の向こうで泣いているようだ。

「どうした?」

『社長、申し訳ございません!同期の山川さんに社長の行きつけのバーを教えてしまいました』

米倉は、5人いる秘書の中でもとりわけ几帳面な性格で俺の信頼度も厚い。

そんな迂闊なことをするような人間ではないことは十分わかっていた。

ゆっくり話を聞くと、これまで執拗に自分に付きまとっていた山川にはかなり精神的に追い詰められており、行きつけのバーさえ教えてくれればもう二度と付きまとわないと奴に言われ、つい口が滑ってしまったらしい。

それほどまでに米倉が追い詰められていたことに気づけなかった責任は俺にもある。

気にするなと伝えたが、彼女は山川が『退職する前に社長をちょっと困らせてやるんだ』と言っていたことが気になると続けた。


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