好きって言えたらいいのに
第一章 私の世界

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 東京の下町、井澤通り商店街の魚屋ヘイちゃんが、みんなのヘーちゃんに変わったのはいつ頃からだろう。
「ヘイちゃん、私と付き合って!」
「10年経って、お前が『女』になったら考えてもいいよ。」
 そう言って笑った制服姿のヘイちゃんを、ランドセルの肩ひもをぎゅっと掴みながら見上げたこと、私はまだ覚えている。

 陣野かさね17歳、高校2年生。
 私の朝は、ベッドの頭上に貼ったポスターを見上げることから始まる。
 折り目のついた、A3サイズの小さなポスター。高校生くらいの5人の男の子がこちらを見て微笑んでいる。かなり前に流行った襟足長めのウルフスタイル。事務所の先輩にあこがれてなのか、みんな同じような髪形をしている。その中の一人、魚住平志。みんなのヘーちゃん。魚屋ヘイちゃん。

「かさねー!起きなさい!遅刻するわよー!」
 ふすまを開けて部屋に飛び込んできたお母さんが、寝床の上に正座で座り、呆けたように壁を見つめる私を見つけてため息をついた。

「あんた、毎日飽きないわねえ、そんな年代物のポスター拝んで。ヘイちゃんなら、お向かいで品出し手伝っていたわよ。あんたも早く支度しちゃいなさい。」
「…はーい。」
 私はベッドから足を下ろして、一度伸びをしてから制服に着替え始めた。

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