春色カレンダー ~31日の青春~
3月10日 スーツと再会
今日は入学式で着るスーツを買いに来た。

式で着るだけだから就活の時にでもちゃんと買えばいいし、社会人になり一人暮らしをしている兄貴に借りようと思っていたが、親戚のおじさんが入学祝にとスーツ専門店のギフトカードをくれたのだ。

───まあ、今回買ったスーツを就活でも使えばいいしな。

もらった商品券とはいえ人生で一番の高い買い物で、どんなものを買えばいいのかよくわからず、30代と思われる落ち着いた男性の店員さんに色々教えてもらって決めた。言葉遣いやふるまいなど全てが大人で格好良かったし、安心できた。俺も10年くらいしたらあんな風になれるんだろうか。将来のことはまだ全然わからない。

店員さんに見送られ店を出ようとして、レディースのコーナーを通り過ぎる。爽乃もスーツを買うんだろうか。気品溢れる彼女はスーツがとても似合いそうだ。マネキンが着ているスーツを見て思わずそれを彼女が着ているところを想像してしまう。

───・・・~っ!

ふいに、昨日のことを思い出して顔に熱を感じた。昨日、彼女が川の方を見ていた時に強い風が吹いて制服のスカートがふわり、と舞い上がった。彼女は色が白いので、ともすれば顔色が悪く見えてしまう。しかし、露になった太股は色が白くてもとても健康的だった。

その後写真を撮った時に触れた彼女の体の感触も思い出して一人でドキドキしてきてしまう。

「───カヤじゃん。」

急に声をかけられて驚いて見るとレディースコーナーに中学の同級生影山(かげやま)リルがいた。長い前髪をセンターで分けた前下がりのボブヘアは中学の時のままだった。

スタイルが良く、大きなアーモンド型の瞳にくるんとカールした長いまつ毛が印象的で誰が見ても美人と言いそうだ。原宿で何回もスカウトされたことがあるとか、100回告白されたことがあるとか、色々な噂があった。

しかも彼女は頭脳明晰、運動神経抜群、音楽も美術も家庭科も全てが出来て、生徒会にも入っていて皆からの信頼も厚かった。サバサバした性格でいつもクラスの中心にいて、彼女のことを嫌い、というやつは男にも女にもいないのではないか。

公立の中でもトップの制服がない高校に進学し、そこでも相変わらずトップの成績を誇り、バスケ部と弁論部を掛け持ちし両方で活躍している、というのは風の噂で聞いていた。

「・・・影山、久しぶり。中学卒業以来だな。」

「久しぶり。元気だった?卒業式は?」

「昨日終わった。受験の時はやばかったけど、だいぶ回復したかな。」

「そりゃよかった。4月からよろしくね。」

「え?」

「同じ大学だよ。学部も同じ。」

「そうなのか!?てか、何で知ってるんだ?」

「うちの母親、陶芸家でしょ?制作中に煮詰まるとカヤのお母さんが働いてるカフェよく行ってるから聞いたらしい。」

「ったく、勝手にベラベラ話すなよな・・・。」

「いいじゃん。カヤのお母さん、すごく嬉しそうだったみたいだよ。」

「そうか・・・。」

「ね、この後暇だったらお茶でもしない?高校のこととか受験のこととか、大学のこととか色々話さない?」

影山は落ち着いた口調で提案してきた。

「・・・いや、ちょっと今日は・・・。」

特に予定なんてないのにそんな言葉が口から出た。

「そ?じゃまた次の機会に。私、連絡先変わってないからさ、気が向いたらいつでも連絡してよ。」

「・・・あ、ああ。」



俺はそう言って店を後にして、ふと不思議に思った。

影山には爽乃に感じるような感情───もっと話したいとか、色々な表情を見てみたいとか、ちょっといじめてみたいとか───を感じなかった。

そうなると爽乃に抱くこの感情は他の女子とは違う特別なものなのだろうか。いや、影山は元々知り合いだから何も感じなかっただけだろう・・・。


携帯を取り出して昨日二人で撮った写真を見てみる。二人とも固い表情で、爽乃に至っては目を潤ませている。最初で最後の制服でのツーショットだ。

もしもっと早く彼女と出会っていたら、制服でこんな写真がもっとたくさん撮れたのだろうか。それとも俺達は今出会ったからこういう風に会っているのだろうか。

それはわからないが、もしさっきレディースコーナーにいたのが爽乃で、お茶にでも誘われていたら間違いなくOKしていただろう・・・。そう思うと、なんだかむしょうに彼女に会いたくなってきてしまった。
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