春色カレンダー ~31日の青春~
3月22日(日) 幸せとカーテン
あー、筋肉痛が痛い。あ、それじゃ『痛』が被るな。じゃ、筋肉が痛い。それとも、筋肉痛だー・・・なのか?どっちでもいや。心の中の自分に突っ込まれる前に突っ込む。引っ越しって大変なんだな。力作業だけじゃなくて細かい作業や掃除もあるし。でも俺も一人暮らししたいな・・・それで爽乃が遊びに来たりとか・・・や、でも今、実家近いしな・・・。

その時テーブルに置いた携帯が震えた。光るランプの色で爽乃とわかり筋肉痛の腕でパッと掴んだ。鈍い痛みが走る。

一昨日、ギリギリ唇を避けて頬にキスしたものの、どうしていいかわからなくて、何でもないふりをしてコメディ映画を観て、彼女が帰る時間になって・・・。爽乃はどう思ったんだろう。嫌だった・・・?それとも・・・。ドキドキしながらメッセージを確認するものの、あのキスの件についてではなかった。

『お皿買ったから渡しに行きたいんだけど、今日行っても大丈夫?都合が悪かったらまた今度でも。』

え?あの100均の皿のこと気にしてたのか?

『そんなの気にしないで良かったのに。割れたの俺のせいだし。気を遣わせて悪かったな。うちはいいからその皿爽乃の家で使ったら?』

そう打ち込みながら『俺のせい』のところで一度目にキッチンで頬に触れたあの瞬間を鮮明に思い出してしまう。あの時、何も考えられなかった。勝手に体が動いていた。

『気に入ってもらえるかわからないけど、よかったら使ってもらえたら嬉しいな。』

一生懸命選んでくれたんだろうな・・・店で皿を選ぶ彼女の姿を想像し、想像の中の彼女を後ろから抱きしめたくなってしまった。これはまずい。俺はどうしてしまったんだろうか。心の中の自分だって、前から存在はしていたのかもしれないが、こんなにしゃしゃり出てくるようになったのは爽乃と出逢ってからだ。

『いつでもOKだよ。今日でもいいし。』

本当は今すぐ会いたかったけれどそんな風に送ってしまい、心の中の自分に『ドアホ!』とどつかれた。

『さすがに今からはダメだよね?』

その返信に心の中の自分と手を繋いで踊ってしまいたくなった。

『大丈夫だよ。』

決まってるだろ、駄目なわけない、むしろ毎日でも来てほしい・・・そんな言葉を打ち込みそうになったがぐっとこらえた。

今日も彼女と会えるのか。俺はなんて幸せなんだろうか・・・ん?幸せ?そのワードにひっかかって鏡を見てみると、そこには先日この部屋に来た兄貴が彼女の話をしていた時にしていたのと同じ、緩んだ顔をした自分がいた。




チャイムが鳴り、はやる気持ちを抑えつつ玄関に向かいドアを開ける。開けた途端見えた彼女の姿にドックンと心臓が跳ね、衝撃で倒れそうなくらいだった。

プラネタリウムの時に着ていたくすんだピンク色のニットに先日公園で会った時に履いていた白いふんわりしたロングスカート姿で、暖かいからか上着は着ていなかった───そして・・・。

「・・・髪、切ったんだ?」

「うん。入試始まってからは願掛けで切ってなかったの。髪って頭から生えてるから、なんか、髪切ると覚えたこと忘れていっちゃいそうで・・・。」

「・・・あ、ちょっとわかるかも。テスト前とか爪切りたくなかったりする。」

「そうなの!よかった。わかってくれる人いた。」

嬉しそうに微笑む笑顔が眩しい。

「俺も、俺だけかと思ってた。」

「あと、しょうがないことなんだけど地毛の色が明るいから、地毛届け出してても周りの目が怖かったというか・・・おとなしめの髪型の方がいいかもって、重めにしてクラシカルな感じにしてたんだよね。結べる長さにして結んだりとか、かと言って長くし過ぎて髪の面積増えたら目立つから、それも気をつけてて。黒染めも数日で落ちちゃうし。でも大学に入ったら髪色も自由だから、したい髪型出来るもんね。」

嬉しそうに話す彼女から目が離せない。髪が短くなった為、美しい曲線を描いた輪郭が以前より際立っている。

───可愛い・・・やばい。

「へ、変かな・・・?」

俺が彼女の美しさに目も心も奪われて黙りこんでしまったからか、心配そうに聞いてくる。その顔は可愛い過ぎてサッカーだったらレッドカードで一発退場だろう。『可愛い過ぎる(ざい)』で逮捕されてもおかしくない。いや、むしろ俺が逮捕したい。

「・・い、いいんじゃない?」

『ドアホー!!』心の中の自分がおもちゃのハンマーで頭を連打してくる。心の中『かわいい』『カワイイ』『可愛い』『かわいい』『Kawaii』『pretty』でいっぱいなのに、なんでわざわざそんなこと言うんだよ!?そんな言葉どっから引っ張り出して来たんだ!?無数に飛び交っている『可愛い』を口から放てばいいだけなのに。俺は世界一のアホだ。

「そう?」

彼女は俺のそんな味気ない言葉にも嬉しそうに頬を赤らめる。あー、もう駄目だ。可愛いの見た目だけじゃないから。世界中の全ての可愛いものを集めて束にしても爽乃にはかなわない。

「お皿、本当にごめんね。これ、気に入ってもらえたらいいんだけど。」

座り込みそうになるくらい見とれているとそう言いながら紙袋を渡され、慌てて受け取る。

「いや、こっちこそごめん。本当。わざわざありがとう。」

「ううん。」

「・・・。」

「・・・。」

俺も彼女も俯いてしまった。

「・・・じゃ・・・。」

爽乃が顔を上げて踵を返そうとした。

「上がってかない?」

思わずその言葉が出ていた。『一昨日来たばかりなのに』とか、そんなことは考えられなかったし、考えたとしても同じことを言っていたと思う。

「・・・えっと・・・。」

躊躇(ためら)っている・・・でも引くつもりは毛頭ない。

「親達が帰ってくるのは夕方だから。」

「・・・うん、じゃあ・・・お邪魔させてもらおうかな。」

遠慮がちに言われ、満面の笑顔になりそうなのをなんとかしてこらえた。



「俺の部屋、行こう。」

リビングを通り過ぎ、奥に向かいながら言う。

「・・・!?・・・じ、自分の部屋あるんだ。いいね。」

爽乃が明らかに動揺した様子を見せた。一昨日は部屋には行かなかったしな・・・ということは彼女も意識してくれているっていうことかな・・・彼女が俺といると楽しいと思ってくれていることは確認できたけれど、俺が彼女に対して感じるような気持ちを感じてくれているんだろうか・・・つまり俺に対してドキドキ、とかしてくれているんだろうか。

「兄貴が大学入って出てってから一人部屋になったんだ。それまでは弟と一緒だった。」

部屋に入ってドアを閉めると爽乃は所在なさげに突っ立っていた。ベッドの前にクッションを置く。クッション干しておけば良かったな。

「狭いけど座って。」

「ありがとう。」

彼女が腰を下ろすと俺は床まである大きな窓のところに行ってカーテンを閉めた。
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