死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。

 ピザを食べ終わったら、みんなでケーキを切り分けて食べた。二段だから食べきれなくて半分くらいは明日に持ち越された。あづはケーキを一人で四分の一くらい食べていた。砂糖菓子でできているのか、チョコレートでできているのかわからない白薔薇もしっかり食べていたから、たぶんよっぽど食べたかったのだと思う。

 とりあえずこれで、少しは太らせることができたのかな。
 食事をした後は、四人でテレビを見ながら荷物の整理をした。
 あづはお笑い番組も歌番組もドラマも見たことがなかったみたいで、そういうのを見るだけで腹を抱えて笑ったり、感動して泣いたりしていた。あづを笑顔にすることはとても容易い。それなのに穂稀先生は泣かせてばかりだ。たった一人の息子なのに。

「なああづ」
 潤がテレビを消して湯船にお湯を張りに行ったところで、俺は口を開いた。
「ん?」
「穂稀先生が謝ったら、あづはまた穂稀先生と暮らしたい?」
「うん」
 俺の顔を見ながら、あづはしっかりと頷いた。
「暮らすのが怖いとは思わないのか?」
「いやめちゃくちゃ怖い。でも俺、やっぱ母さんのこと好きだから」
 下を向いて、あづは言った。
「そっか」
 それなら謝らせた後のこともしっかり考えないとなあ。

 アビラン先生が日本に戻って来て穂稀先生の説得が成功したら、穂稀先生は今の旦那と別れて、アビラン先生とあづと暮らすようになるだろう。そうなったらたぶん、今の状態よりは安全になるけど、それだけじゃ不安だから、あづの家に監視カメラをつけたり、あづと潤でルームシェアを続けてもらって、一ヶ月に何回かだけ穂稀先生とあづが会う時間を作るのたりするべきかな。あづが二人で会いたいって言ったら、会っている間は潤と通話を繋いでもらうか。あるいは潤に二人の動向を監視させるかだな。

「あづー一緒に風呂入るぞ」
「は? 嫌だ!」
 ダイニングに戻ってきた潤を見て、あづは勢いよく否定した。
「一人で背中洗えんの?」
 潤は腕を組んであづを見た。

「そ、それは……」
 あづは言葉を詰まらせてから、顔を顰めて下を向いた。
 質問の仕方が意地悪だ。
 たぶん、虐待でできた怪我を見て『気持ち悪い』とか『汚い』って言われるのを懸念しているのだと思う。

「あづ、一緒に入りな。俺達は絶対何も言わないから。言ったら潤と絶交していいから」
 あづと目線を合わせて、俺は作り笑いをした。

「でも……」
 まだ承諾するか迷ってそうだな。
「奈々が絶交していいって言うのかよ! それ、絶対俺が決めることだろ!」
「どうせ絶交する羽目になんて絶対にならないから俺が決めてもいいだろ。潤、穂稀先生のことも罵倒するなよ。したら説教だから」
「そんなこと言われなくてもわかってる!」
「あづ、潤に背中だけ洗ってもらいな。浴室に鏡あるだろうけど、鏡と違う方向向いておけば、背中と腕の傷しか見えないと思うから。な?」
「……わかった」
「よし。じゃあ後でな」
 俺の言葉に頷くと、潤とあづは着替えを用意してお風呂場に向かった。
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