桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

高天原にて

「で? お前らは、濁名(ダナ)をどうしたいんだ」

 高天原(たかまがはら)の、ちょうど真ん中。

 ここは、一番の高さを誇る塔『桃螺(トウラ)』の最上階。

 最強神・深名(ミナ)をはじめとする、全世界に影響を与える『八神』が集う。

 天の原に住む者にとって高天原天神は、雲の上の存在だ。

 久遠は何でも思い通りにしてしまう彼らに対し、秘かな畏怖の念を抱いていた。

 天空に住み、次々と新たな世界を生み出す事が出来るならば、それはそれは偉大な神々がいらっしゃるだろうと思っていたのに。

 久遠は痛いほど、思い知った。

 彼らは尊敬できる存在でも、信頼できる存在でも無く、ただ『力が強い』だけの存在であるという事を。

 深名は、甥の清名(セナ)とその友達だという久遠を『天権(メグレズ)』で桃螺の最上階にある自室に呼びつけていた。

 急に呼びつけられ、清名と久遠は戸惑った。

 だがこれは濁名の罪を告発する、またとないチャンスだ。

 清名は、濁名が仕出かした一部始終を、深名に詳しく話して聞かせた。

 だが不気味なほど、深名の顔色は変わらない。

 怒って当然のはずなのに。

 桃螺に長く住む深名は、清名の父の妹(弟)にあたる。

 清名が最強神の親族だったことを、久遠は噂でしか知らなかった。

「アタシは濁名を殺してでも、止めたいと思っています。一年後には、新たな犠牲が出るとの事ですから」

 親族だというのに、清名が深名に会うのは三回目だという。

 生まれた時。

 母親が死んだ時。

 成人した時。

 いずれも儀式があるから会えたのであり、親族とはいえ清名は、深名がどのような神なのかを今の今まで知らなかった。

「人間世界を、人間達を、それほど守りたいのか? 変わったやつらだ!」

 ははははは!

 深名は心底可笑しいらしく、腹の底から声をあげて笑った。

「濁名はただ、人間の魂と体を食べただけなのであろう? それが奴を殺さねばならぬほどの、重罪だとは!」

 ははははははは!

 涙を流し、椅子から転がり落ちて、深名はなおも床の上でゴロゴロ転がりながら笑っている。

 清名は驚愕し、声を震わせた。

「何という事を…………」

 目の前にいる深名は黒龍。

 だが昼は白龍、夜が黒龍という変わった神であったはず。

 何かがおかしい。

 今までまともに一対一で深名と喋った事が無かったため、深名の言動が本気なのか冗談なのか、清名にはさっぱりわからなかった。

「確かに濁名は罪を犯している。だが貴重な白龍だ。殺すには惜しいと思わないか?」

「濁名のしていることは、決して許される事ではございません。人間を勝手に殺して食べる事は『人間愛護法』に違反しております」

 龍の目は急に、一年前の濁名を映さなくなった。

 濁名は気を静めるために、別の場所でバリバリと人間を食らっている。

 岩時の地に住む者との約束は守らねばならない、と考えたのだろうか。

 相変わらず「まずい、不味い!」と別の場所で繰り返し叫んでいる。

「その『人間愛護法』だがな」

 深名は無造作に、黒い巻物を清名の方へ放り投げてよこした。

 ゴン! と音を立てて床を転がった巻物を、清名が拾い上げる。

「10体の龍によって、新たな仕組みを作ろうと思う。黒龍側の神5体の承認は既に得ており、白龍側も既に、4体までは承認しておるのだ」

 深名はにやりと左側だけ口角を上げ、薄気味の悪い笑みを浮かべた。

「あとは清名。お前が承認するだけだ。お前は先日、成人したのであろう?」

「…………もしかして深名様は、このためにアタシをここへ呼んだのですか?」

「ああ、そうだ。希少な白龍だからな」

「『人間愛護法』の内容を変更するために?」

「お前は私の親族で、力も強い。採決する側に堂々と入れば良いでは無いか」

 清名はその巻物を拾い上げ、久遠と共に中を確認する。

「新しい『人間愛護法』を承認した4体の神の中に、濁名の名前がありますね」

「そうだ」

「第9条:神々は時と場合により、人間の『魂』を自分の判断で食っても良い」

「────!」

 久遠は息を飲んだ。

 人間愛護法については、最近勉強したばかり。

 その中には、こう書かれていたのである。

『第9条:神々はいかなる場合であっても、人間の『魂』を食ってはならない』

 要するに法の中身をくるっと変えて、深名は堂々と人間の魂を喰おうとしているのだ。

「まだ第9条は生きています。改変されていない今、濁名は禁を犯しています」

「だからどうした。要するに私が、見ないふりをすれば良い。濁名は必要に迫られて人間の魂を喰った。私は『光る魂』を食いたい。お前が言うその地域──」
「岩時、ですか」

「そう、『岩なんとか』だ。そこに『光る魂』があるのか? あれは美味い! 『光る魂』を土産として持って来れば、濁名を許してやっても良い」

「最低ですね」

「…………何だと」

 清名!

 久遠が思念で清名に、やめろと叫ぶ。

 でも清名は、久遠の言葉を聞かなかった。

「あなたは最低なお方だと言いました。深名様」

「────!」

「どうして人間の魂を食べてはいけないのか。考えたことがありますか?」

「考えるべき事は他に、たくさんある」

「人間が尊敬に値する、立派な生き物だからです。我々は人間達の生き方から、多くの事を学んできました。あなたが作り出した世界に生まれ、健やかに育ってきた、たくましい『人間』という生き物に、我々は感謝しております。だから『人間愛護法』が生まれました」

 深名はピタリと清名に、杖の先を向けた。

「お前は、俺を、最低だと、言ったのか」

「はい。言いました」

 深名は術を詠唱しない。

 
 よって無音で殺傷の呪文が短くて太い、黒い煙が杖の先から放たれた。


 いきなり清名の首が、吹き飛んだ。


「清名!」


 清名の体はあっという間に消滅し、その片瞳だけが床の上に残されている。


 彼の瞳は、深緑色に輝いていた。


 久遠は清名に駆け寄り、すかさず彼の『目』を拾い上げた。


 あっという間に清名は、この世界から姿を消したのである。


 シューッ…………


 久遠の手の中におさまった新たな龍の目の中に、清名の魂がそのまま入り込んだ。



 清名!!!


 自分は今、何を見た?


 友達があっという間に、この世から姿を消してしまった。


「よくも!」


 よくも清名を!


 我々はいかなる時でも、学ぶ事を忘れてはならない。


 学ぶことを放棄した弱い生き物が、殺戮に喜びを見出すようになる。


 久遠は我を忘れて深名を睨みつけ、術式を唱えて攻撃しようとした。

 だが力では到底、深名には遠く及ばない。

 久遠は体を透明な鎖のような何かに縛り付けられ、動きを完全に封じ込められた。

 天の原に住んでいた久遠は、それまで高天原へ来た事がほとんど無かったが、ここに住む神々は最低だという事が、今ようやくわかった。

「深名様!」

 七体の側近が駆け寄って来る。

「深名様、どうされましたか」

「ウジ虫が私を殺そうとした。もう一匹残っている。牢にでもぶちこんでおけ」

「はっ!」

 久遠は問答無用で、桃螺の最下層にある汚くて狭い牢の中に入れられた。

 この時の久遠はまだ、八神の誰とも会った事が無かった。

 最強神はおろか、他の高天原天神を見るのも、これが初めて。

 今あった出来事の説明を繰り返したが、誰も久遠の話など聞こうとしないし、深名の話を疑おうともしない。

 全て久遠が悪い事になり、清名が死んだのも全部、久遠のせいにされた。

 尊敬できる神など、どこにもいない。

 誰も彼もが、自分に都合のいいように真実を捻じ曲げ、のうのうと生きている。

「この久遠という神を、永遠に閉じ込めよ」

「かしこまりました」

「食料は与えなくてもいい。そのうちに死ぬだろう」

 濁名の犯した罪は、重大な出来事にあたる。

 だが清名は?

 ただ深名に意見しただけだ。

 殺されるような事は何も、していない。

 久遠は今、思い知った。

 高天原天神とは、最低な奴らばかりだったという事を。


 彼らの『崇高さ』とは、作り出された幻想だったのである。



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