桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

運命の出会い

 黒龍側の人攫いが、龍宮城内部に侵入した。

 運が良いことに、たまたま城の中を飛んでいた清名が、大地が攫われそうになった時の一部始終をしっかりと見ていた。

『黒龍側の神:闇の神侵偃(シンエン)の弟子であり医師、クルエンと特定。いざ交渉という時のため、クルエンが大地を攫う時の映像も保存してあるわ』

「清名の姿は」

『多分、アタシの姿は相手に見られていないと思う。大丈夫よ、久遠ちゃん、弥生』

 この知らせを聞いて、駆けつけた爽と星狩が不吉な事を言い出した。

「鳳凰の炎を掻い潜れる者など、高天原を探してもそう多くはおりません」

「ではクルエンが内部の者に化けて、長きにわたり潜伏していたと言うのか」

「その可能性は否定できない。誰かが殺されていないかを、探った方がいい」

 久遠はすぐに、城の内部を徹底的に調べ上げさせた。

 すると驚愕の事実が判明した。

 医療塔である『カリスの塔』地下の一室にて、白蛇の医師が過去に何者かによって暗殺され、白骨化していたのである。

 『カリスの塔』は城をはさんで、『ホシガリの塔』のちょうど反対側にあたる。

 久遠は恐怖に飲まれそうになり、内心大きく動揺していた。

 しかし、誘拐は未遂。

 大地は龍宮城にいる。

 弥生にだけはいらぬ心配をかけぬよう、常に冷静であろうと努めた。

 部屋に入ると弥生が震えながら、しっかりと大地を抱きしめていた。

「恐ろしいですね…………。もう、大地に会えなくなってしまうかと思いました」

 ひしひしと、恐怖が迫りくる。

 解決策を見つけないと。

 このままでは大地が、殺されてしまうかも知れない。

「あー!」

「…………大地?」

 大地がしきりに、何かを言っている。

 …………ように見える。

「見て、この子の目…………」

 弥生が大地の目を見て、驚きの声を上げた。

 大地の目が薄緑色に強く、光り輝きはじめたのである。


 白龍が、瞳を最も美しく輝かせる瞬間とは────


 永遠の愛を誓う時だ。


「何なんだ大地、お前、おませさんだなぁ!」


「まだ一歳なのにね、ふふふ!」


 弥生の笑顔を久しぶりに見る事ができて、久遠はほっとした。


『ねえ。大地は「人間の世界に行きたい」って、言ってるみたいよ?』


「…………」


「…………え」


 飛んで来た清名が、久遠と弥生に教えてくれた。

「「人間の世界?」」

 大地は大声で泣きながら、必死にずっと訴え続けている。

「あーー!!」

 そう!

 行きたいんだ!!

「人間の世界へ行って、どうするんだ。誰かに会いたいのか? 大地」

「あー!」

 早く連れて行って!

 じゃないと手遅れになっちゃう!

「何だか大地、とても焦ってるみたいね」

「いつもはこんなに泣いたりしないのに。そうだな…………連れて行ってやるか」

 久遠は弥生を見た。

「私も、ですか?」

「ああ」

 一緒に行けば、何かが見つかるかもしれない。

 大地を守る方法も。

「………ええ。行きます」

 弥生はまさか、もう一度人間の世界に行けるとは思ってもいなかった。

 かすかな希望が生まれる。

 大地は突然ピタリと泣き止み、久遠と弥生を見て「にこっ」と笑った。

「…………!」

『言葉がちゃんとわかってるのよ。この子』


 まるで、大地が自分達をまた人間の世界へと、導いているようにすら感じる。


 この、真っ直ぐな緑色の瞳で。









 久遠と弥生は(困難はあったが)、どうにか大地を人間の世界へと連れて行った。

 そして。岩時神社の拝殿の前にて、とある家族に出会ったのである。

 夫婦と、一歳くらいの赤ん坊だ。

 後に大地の婚約者になる、露木さくらとその両親が拝殿の前で祈りを捧げている。

 それまで弥生の腕の中ですやすやと眠っていた赤ん坊の大地が、赤ん坊の少女に強い反応を示し始めた。

「…………!」

 大地の瞳が、輝いている。

 久遠と弥生はすぐに、大地がこの赤ん坊に会いたがっていたことを悟った。

 赤ん坊の両親は一心不乱に、神に祈りを捧げている。

「神様、どうかこの子をお救い下さい」

 弥生は大地を見て、ますます目を見開いている。

「どうした、弥生」

「見て、大地の目…………」

 薄緑色の瞳から放たれた、強い光がさらに輝く。

 まるで大地が「この子に永遠の愛を誓ったのだ」と訴えているかのようである。

 運命の相手なんだ。

 この子を死なせないで。

『きっと大地は、この子じゃなきゃいけないのね』

 清名の言葉で我に返り、久遠は不可思議な想いに囚われながら、目の前にいる若い夫婦にこう尋ねた。


「どうしたのです」


「神様……?」


 さくらの両親はその瞬間、久遠と弥生を神様だと思ったらしい。

 弥生は今も人間なのだが。

 聞くと、赤ん坊のさくらは大病を患い、命を落としそうになっているのだという。

 医者は全て休業中。

 運が悪い事に年末のため緊急病院も全てやっておらず、急激な体調の悪化で、さくらは亡くなる寸前の状態だった。

 途方に暮れた夫婦は神社に立ち寄り、拝殿で最後の神頼みをしていたのだという。

「どうか、助けてください」

 さくらの母が、切羽詰まった様子で叫ぶ。

「……娘が死にそうなんです……!」

 弥生は弱っている赤ん坊を、いたわりながら見つめた。

「まあ、可哀想に……!」

 とても他人事とは思えない。

「この子の、お名前は?」

 つい最近、我が子も誰かに攫われかけて、命を落としそうになったばかり。

「さくら、と申します」

 一寸先はどうなるかなど、誰にもわからない。

 未来の保証など、どこにも無い。

 すると。

 大地が目を開き、さくらの方をじっと見つめた。


 助けたい。


 お願い!


 さくらを助けて!


 瀕死の状態だったさくらも目を開け、苦しそうに大地の方をじっと見ている。


 目と目が合ったその瞬間、大地とさくらの魂が共鳴し、まぶしい光が溢れ出す。


 
 ───カッ!!



「……この子!」


 弥生は二人の赤ん坊を見て、ますます驚きを露わにした。


 大地の目は先ほどよりもさらに、強い薄緑色に燦然と輝きを放っている。


「この色……はじめてよ!」


『大地が叫んでるわ。さくらはきっと、大地にとってかけがえのない、大切な人なのかも知れないわね。どうする? 久遠ちゃん、弥生』

「この子を助けてあげたいわ」

 清名と弥生の言葉に、久遠も頷いた。

 ああ。そうだな。

 この、さくらという少女を、絶対に死なせたくない。

 できれば大地と一緒になり、共に末永く幸せになって欲しい。

 この子を助ける事が叶えば、大地の未来はうんと良い方に変わるかも知れない。

 だが人間の少女の命を救うというのは、簡単な事ではない。

 久遠は『天枢』を唱え、さくらがどういう状況に陥っているのかを確認した。

 すると、意外な事実が判明した。

 さくらは特に、体調に大きな問題を抱えているわけでは無かったのである。

 心が病に侵されているわけでも無いのに、さくらは『生きていたい』という希望が極端に失われ、命が尽きかけている状態だったのだ。

 これだけ魂の力『開陽(ミザール)』が強い少女なのに、奇妙だ。

 あり得ない事実に眉根を寄せ、久遠はさらに天枢を念じた。

 すると。

 闇の神・侵偃(シンエン)の姿が浮かび上がった。

 さくらは闇の神が放つ影響を、強く受けていたのである。

 久遠はあたりを見回し、嫌悪感に囚われた。

 …………まただ。

 現代の人間世界にまで、闇の神の影響力が及び始めている。

 何かの兆候なのか?

 ちょっと目を離した隙に、何という事だ!

 これからは、この岩時の地を何としてでも、守っていかなければならない。

 弥生と目を見合わせた久遠は、決意を新たにこう言った。

「このお嬢さんの命を救いましょう」

「……ありがとうございます!」

「そのかわり、約束してください」

「…………」

「このお嬢さんを、必ずこの私の息子と結婚させる事を」

 この取引は卑怯だと、我ながら久遠も思う。

 自分がもし、こんな条件を初対面の奴にふっかけられたら、怒り心頭である。

 神だからといって、命を救ってくれるからといって、取引をもちかけるなんて。

「…………結婚?」

 さくらの両親は言葉を失った。

「まだ娘は、1歳になる前です。結婚など…」

 娘の結婚など、遠い未来の出来事。

「薄緑に輝く瞳は、永遠の愛を誓った証。赤ん坊のうちにこうなるのは、とても珍しい事です」

「……………!」

「私の名は久遠といいます。約束していただかなければ、彼女を助ける事は出来ません」

「……そんな!」

「……お願いします、どうか……」

「……なら、約束してくださいますか?」

「息子の望みを、叶えてはくれませんか?」

 弥生は久遠に続いて、さくらの両親に懇願した。

「この子はどの世界、どの種族にも属せません。自分で選んだ伴侶と共に、未来を作っていくしか無いんです」

「……その男の子は、人間なのですか?」

 久遠は首を横に振った。

「いいえ。ドラゴンの私と人間の彼女の間に生まれました」

 久遠は続けた。

「この子は、そのお嬢さんを全力で幸せにします。……それは保証できる」

 さくらの両親は目を見合わせ、考え始めた。

「……どうする?」

「……さくらが、幸せに生きていられるなら。このまま死んでしまうくらいなら」

 この男の子と婚約させるべきなのだろうか。

 さくらの両親は目を見合わせて頷き、決断した。

「約束します」

「どうか娘を、よろしくお願いします」

 さくらの両親が頭を下げる。

 久遠と弥生は嬉しそうに顔を見合わせた。

「契約成立ですね」

 まず、岩時の地における、侵偃が使っていた術式『黒天璣』と『黒玉衡』を解除する。


 あたりには、光が溢れ出した。



 そのあと、久遠は『天璇』と『玉衡』を使い、さくらを包み込んだ。



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