桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
正義の味方は、敵か味方か?

絶望の中の希望

 ヒラヒラ。


 ヒラヒラ。


 人間世界の言葉を使えばプラスティックに近い、何かのかけらが宙を舞う。


 色は薄い青色。


 形は、いびつな三角形。


 表面はなめらかでツルツルしているが、異様なほどに固い材質である。


 それは天空時(トウロス)という名の、時の神しか持たない術式のかけらだった。


 下界で蠢く神々や人々を注意深く観察したのち、天空時(トウロス)はピタリと狙いを定め、降下を始める。


 かけらの鋭い先端が一体の神を正確に目指し、勢いを増しながら一直線。


 岩の神・フツヌシ。


 『時』に変えられ、闇の中に身を投じた男。


 彼の心は何故、明るい光を手放したのか。


 隠されたその事実を、余すところなく暴いてみせよう。







 ────ザクッ!!





 天空時(トウロス)のかけらは背後から、フツヌシの固い頭頂部を刺し貫いた。




 …………ちょうど、禿げてピカピカした部分を。






 蘇る。



 蘇る。



 鮮やかに、記憶が蘇る。



 一番の憎しみは何だ?



 一番の焦りは?



 一番の驚きは?




 一番の恐怖は?!











 ────桃色のドラゴン────





 あれほどの拷問を繰り返したのに何故、こちら側の影響を受けぬ?

 卑しい出自の、小さな小さな存在であったにも関わらず!

 これほどまでに、憎らしさが湧いたことは無い。


 許すわけにはいかぬ。


 断じて。


 絶対に、奴の息の根を止めてみせる。



 それまでは決して、生きる事を諦めたりはしない。






 




 その、ほんの数日前。

 岩の神フツヌシは、高天原(たかまがはら)の中心にある、神々の世界で一番の高さを誇る『桃螺(トウラ)』という名の塔へと招集された。

 塔の最上階、最強神・深名(ミナ)の自室に黒龍側の神5体が呼ばれ、勅命が下される。

 思いがけない招集に期待が大きく膨らみ、フツヌシは心が躍ってしまう。

「いよいよ俺の時代が到来したか……! やっと全世界に影響を与える高天原の神々の、仲間入りが出来る」

 しかし、逆の意味で自分の運命が大きく変わるとは、この時の彼は夢にも思っていなかった。

 フツヌシはふと、あることに気が付いた。

 妙だ。

 部屋の中が静か過ぎる。

 それに自分以外、ひと目見ただけでガッカリしてしまうような、ろくでも無い神ばかりが揃えられている。

 最強神・深名(ミナ)と5体以外は、誰もいない。

『……いや、さすがにおかしいだろ、このメンツ』

 フツヌシは心の中で毒を吐いた。

 もしかして深名様は、俺をこいつらと同列の神として扱われているのだろうか?

 普段は最強神を警護している複数名の側近達すら、どこを探しても見当たらない。

 問題が発生したら行動を起こせるように、間近に潜んでいたのかも知れないが。

 表向き、今だけ人払いを命じておられるのだろうか。

 玉座から黒龍側5体の神々に向け、歴史を揺るがす勅命が轟く。


 全ては、ここから始まるのだ。


「クスコを殺せ」


 フツヌシは、冷酷に響く深名(ミナ)の声にぞくっとした。


 そして、心に疑問が浮かぶ。



 ────クスコって…………


 誰?!


 聞いたこと無いですが。


 …………とは言えない。


 少なくとも5体のうち4体の神々は、顔を見合わせ、首をひねった。


『誰だよ?』
『誰ー?』
『誰かしら?』
『誰だろうね?』

『…………ご存知無いのですか? ワタクシは知っておりましてよ。白龍神(はくりゅうしん)様です』

 時の神スズネだけは、クスコが白龍神であることを知っていたらしい。

『このフツヌシ様すら知らない情報を、ゲス女のスズネごときが掴んでいるとは!』

『ゲス女とは失礼ですわね!』
 
 深名が5体の神々を睨みつけ、しびれを切らした様子で即答を求めた。

「返事は?!」

 全員ハッとなり、慌てて返事が聞こえ始める。

「かしこまりましたー! クスコー? どこですー?」

 泡の神ウタカタが一番に能天気な返事をし、自身が持つ丸い水晶を見つめ出す。

 最年長のくせに少女の姿をし、けばけばしい七色の衣を身に着けたアホ神だ。

 フツヌシのことを「岩ハゲ」だとか、「フッツー」だとか、わけのわからぬあだ名で呼び、小馬鹿する騒々しい奴。

 何を言い出すかわからないウタカタが、フツヌシは大嫌いだった。

「了解いたしましたわ! クスコ……どこかしら?」

 時の神スズネ。

 こんなゲス女と一緒に仕事をすることになるとは。虫唾が走る。

 人間の光る魂に魅せられ、欲望のまま生きる事を望み、鳳凰の翼と権威全てを返上し、黒龍側に身を落とした、鳳凰一族の面汚しだ。

 だがスズネの場合、立場的にはフツヌシの方が上にあたるため、生意気を言ってくれば一喝出来るので、比較的まだ我慢ができる。

 彼女はクスコの情報を握っているようだし、しばらくの間はそれらを共有しながら、泳がせておくのが得策だろう。

 少しでも何か面倒な問題を起こしたら、この手で即刻、殺してやる。

「承りました。 クスコ…………? どこなの?」

 衣の神エセナ。

 この女が神という身分で高天原にいる事自体、フツヌシにとって一番の謎だった。

 見た目だけは華やかなので、アイドルのような仕事をしながら生きている。

 天の原に住む庶民からは崇拝され、慕われているようであるが……

 フワフワしていて浮き沈みが激しい、役に立たない微弱な力しか持っていない。

 大事な使命を与えられたというのに、憂鬱そうな顔で文句ばかり垂れている。

 まあ、胸や尻は見事にデカいし、色っぽくていい体をしているからな…………。

 失敗した暁にはご自身の慰みものにしようとでも、深名様は思われたのだろうか。

「了解です! ……クスコ、どこどこ?」

 道の神クナド。

 なーにが「どこどこ?」だ!

 フツヌシの中には、憎悪に近い気持ちが沸き起こった。

 どうしてこーんなクズ男が、部屋に呼ばれるほど深名様から信頼を得ているのだ?

 さっぱりわからん。

 しかも、信じられない事に……女共に異様なほどモテまくっている。

 ────許せん!

 これまでモテ期が一度も無かったフツヌシは、モテモテのクナドが羨ましくてたまらず、嫉妬心を抑える事が出来ずにいた。

 だが取り乱してはいかん。

 この暗殺は、深名様の勅命なのだから、心してかからねば。

 リーダーとしてこのメンバーを取りまとめられるのは、自分しかいないのだ。

 そう思いながら、フツヌシは口を開いた。

「承知いたしました! 白龍クスコ…………」

 クスコを殺し、見事、首を取ってまいります。と言おうとした…………

 が。

「って、どこにいる?」

 すぐ横に立っているクナドに、フツヌシはヒソヒソと尋ねる羽目に陥った。

『……お前、クスコの居場所を知っているか?』

『…………さあ』

『さあ。じゃねーだろ? お前は仮にも道の神だろうが! このカス男が!』

『わ! ひっどい言い方! 自分だってなーんにも知らないくせに!』

『お前は知っているのか、エセナ!』

『……知らないわ』

『使えるのはそのカラダだけってわけか、このボケアタマ女が!』

『何ですって? 最低! セクハラ男! 今すぐ死んで!』

『こらー! セクハラハゲ! 老害ジジイ! エセナちゃんをイジメるなー!』

 ウタカタがエセナに加勢して、状況がどんどんカオスになって来る。

『俺様よりお前の方が年上だろうがァ、ウタカタ! そう言うお前はクスコの居場所を知っているんだろうな?』

『しーらないっ!』

『こんの役立たずがー---!!!』

 フツヌシはだんだん、怒りがおさまらなくなっていくのを感じた。

『…………人間の世界、かも知れませんわね』

『『『『人間の世界?!』』』』

 4体が注目する中、時の神スズネは厳かな様子でみんなを見つめ、こう言った。

『クスコは、岩時の地へ行った可能性があります』

『どうしてわかるのー? スズネっち』

 ガヤガヤ。
 ワイワイ。
 ゴニョゴニョ。

 冷酷な表情を浮かべながら、コソコソ話す5体の神々を見て、深名はこう思った。

 5体に一切期待はしていないし、任務を全うできるなどとは夢にも思っていない。

 どうせ彼らは捨て駒だ。

 ヒーヒー泣きながら帰って来た後、どういう趣向で殺してやろうか………実に、楽しみである。

 しかしクスコの動向を探るくらいのことは、やってもらわねば困る。

 ムカつく奴には仕置きが必要だ。

 いつだってあの女は、思いっきり『生きる事』を楽しんでいる(・・・・・・)

 溢れんばかりの喜びや嬉しさを手に入れるのは、あのクスコであり自分では無い。

 深名は、それが許せない。

 あの女を徹底的に懲らしめ、自ら死を望むほど苦しめてやりたい。

 さぞかしスカッとするだろう。

 この願いが叶えば、自分が死んでも構わない。

 そろそろ生きるのも飽きた。疲れた。退屈だ。もう、どうなったっていい。

 これを絶望と呼ぶのだとしても、それならそれで一向に構わない。

 絶望の中に生まれたわずかな希望だけが、深名を今回の行動に駆り立てていた。

 そんな中…………

 スズネは「ほほほ!」と笑いながら、なおも詳しい説明を始めている。

『クスコは人間世界の「岩時(いわとき)」という場所が大のお気に入りなのです。その「岩時」ではこれから「岩時本祭り」という、大規模なお祭りが開催されますのよ。姿を現すとしたら、あの場所以外は考えられませんわ』

 どうしてスズネはクスコの情報を、ここまで正確に把握しているのだ?

 フツヌシはスズネに対し、警戒心を強めた。

『キャー! ってことは皆で、背後からいきなりクスコを襲っちゃえば…………』

『わーお! 意外とカーンタンに勅命を全うできてー…………』

『イエーイ! 我々5体は、高天原での栄誉を勝ち取れる。というわけだ?』

『その通りですわ!』

『……なるほどな』

 最強神が自分達を睨みつけている事にも気づかず、5体の神々は相変わらず、ガヤガヤと盛り上がっている。


 深名は再び、響き渡る澄んだ声で、号令を発した。


「どこかの世界に紛れ込もうとしている。クスコを探して殺せ! 褒美をつかわす」


 5体はひそひそ話を止め、先ほどよりも元気よく返事をした。


「「「「「はい!」」」」」

< 141 / 160 >

この作品をシェア

pagetop