桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

岩破邪(ガハジャ)

 『第1844回・岩時の破魔矢・隠し芸大会』は、ウタカタの優勝で幕を閉じた。

 が。

「やだやだヤダー! 絶対にやだー!」

 ウタカタが『アワ泡モリ盛』の一升瓶を抱きかかえたまま、ステージの上で駄々をこねている。

「いいから、キリウにその酒をやれ!」

「やだっ! だってこの『アワ泡モリ盛』は、アタシがもらったんだよー?!」

「棘になる裏技を教えてもらえば、力を全く使わずに、矢の外へ出られるんだぞ?」

「別にアタシはいいもーん」

 ウタカタは納得しなかった。

「あ?」

「棘になんてならなくたって、アタシはここから自力で出られるんだもーん!」

「僕ももう大丈夫。脱出できるよ」

「ワタクシもですわ!」

「私も大丈夫よ」

「俺が出られないんだ!」

 フツヌシ以外の4体は首を傾げた。

「どーしてフッツーは出られないのー?」

「駄々洩れし過ぎてるんだよ、色々とね…………」

「ああ、なるほど。力が元に戻らないわけね?」

「やっと理解致しましたわ。力の復活にも個体差はありますものね、おーほほほ!」

「と、とにかくだ! 『アワ泡モリ盛』は、必ず後からオレが買ってやる! それでいいな? ウタカタ」

「なら10本買ってー!」

 ウタカタはとんでも無い事を言い出した。

「何っ?! 一本あれば充分だろうが!」

「んじゃ渡さなーい」

「いいだろう……10本だな? 致し方あるまい」

 幻の名酒だぞ?

 10本用意したら全部で幾らするんだ?

「絶対の絶対の絶対に10本! 約束だよー!」

「ええい、うるさーい! わかったわかった!」

「んじゃ、いいよー。はいどーぞ!」

 交渉が成立したウタカタは、『アワ泡モリ盛』を棘の神キリウに手渡す。

 キリウは嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます!」

 それは陰気そうな彼の表情とは思えないくらい、温かな笑顔だった。







 棘に変化する方法は、キリウが目の前で実演してくれて、見るとすぐ覚えられた。

 しかし。

 見るのとやるのとでは、大違いである。

 ここでもフツヌシは、5体の中で一番の苦戦を強いられた。

 ウタカタ、クナド、エセナ、スズネは難なく、鋭い棘に変化出来たのに。

 フツヌシだけが、棘になろうとするとドロドロした熱い液体になってしまう。

 力が足りないせいかも知れない。

 キリウによれば、優れた棘に変化するためには、心の中をキンキンに冷やし、渇いた状態をキープしなくてはならないそうだ。

 フツヌシの心の中は常にグツグツとした沸騰状態であるため、自身で温度を冷ます事が出来ないのが問題らしい。

「どうやればいい?」

「うーん…………実演した通りにやれば、大丈夫なはずでござるが…………あ、今一番、執着したい何かを集中して、思い浮かべたら如何かと」

 まるで集中力の欠落が全ての原因だと言わんばかりでは無いか。

 フツヌシは、クスコ殺害を成し遂げた自分が、世界の頂に立った姿を想像した。

 早く、その日が来ればいい。

 絶対に、成功させてやる!

 グツグツがドロドロに、ドロドロがカチカチに、フツヌシの心が落ち着いてゆく。

 すると、どうにか、いびつな形ではあるが、彼も棘の姿に変化する事が出来た。

 力を全く使わずに。

 ようやく、時は満ちた。

 …………ような気がする。

 フツヌシの命令には、最後まで誰も従わないままだったが…………

 リーダーとしての威厳は皆無。

 矢の中に入ってからというもの、一層、馬鹿にされたように思えるが…………

 棘の姿に変化したフツヌシは、矢の中から大声でこう叫んだ!

「ウィアン、今だ! 前方を飛ぶ白龍に向けて、矢を放て!」

「いいいいいい嫌ですよ!」

「何だと?!」

「あんなに大きくて美しい白龍を殺すなんて! きっと罰が当たりますよ!」

「今更、おかしな事を言うなー!」

 威勢よく『かしこまりましたっ!』とか言ったのは誰だ?

 お前は大嘘つきか?

「いいから早くしろ! クスコが逃げてしまうでは無いか!」

「フツヌシ様! 見逃してあげましょうよ!」

「すごくピュアな少年なのね。とても黒奇岩城の住人とは思えないわ」

 エセナが棘の状態で腕組みをし、ウィアンの言葉に珍しく感心を示している。

 いや、待て待て待て。

 殺し屋がターゲットに同情してどうする。

「ウィアン! これは深名(ミナ)様の勅命なんだぞ!」

「あのように神々しい白龍様、決して、只者ではないはずですよ!!」

 ウィアンはなおも力説する。

「フツヌシ様。あの白龍様を殺すのは間違っています! どんな罪を犯したか知りませんが、きっとあのお方は、人間世界のお祭りを見たいだけなんですよ!」

 その通りだな。

 そんな事は、フツヌシだって百も承知である。

「確かに、それもそうだね。君が女の子じゃないのは残念だけど、僕もそう思うよ」

 クナドは棘の姿になりながら、うんうんと頷いている。

「そだねー。ちょーっと可哀想な気もしてくるねっ?」

 カラフルな棘になったウタカタも、思いがけずウィアンの意見に耳を貸している。

 クスコは、罪を犯したせいで罰を受けるために殺されるわけでは無い。

 深名(ミナ)様が、何らかの理由により、彼女を消したいだけなのである。

 だがな。

 クナドにウタカタにエセナよ。

 お前らまで、ウィアンに同調するな!

 話が一層ややこしくなるだろー!

 空気は綺麗なのにフツヌシは息苦しくなり、しまいには眩暈がしてきた。

「最強神・深名様の命令には、背くわけにいかないのです。何故なら歯向かうと、我々が即座に殺されてしまうからです。わかって下さいませんか?」

 スズネがやんわり言っても、ウィアンは首を横に振った。

「イヤです! あなた方は最強神の勅命ならば、ご自身と何の関わりも無い、しかも誰に対しても無害な神を、平気で殺してしまわれるのですか? ご自身が殺されたくないからという理由で? この僕は……そんな方にこれまで、お仕えして来たという事ですか?」

 そうだよ。

 お前はずっと、俺様に仕えて来たのだ。

 今更、それがどうしたというのだ!

 フツヌシは「ふんがー!」と激高しそうになるのを、ぐっとこらえてこう言った。

「…………ウィアン、お前の考えは尊い。だからこそ俺は、お前をずっと手放さなかった。お前の言う事はいつだって正しかったのだからな。だがな…………」

 全く、どいつもこいつも!

 こんの大馬鹿たれが!

 言い訳がましいんだよ!

 考えが甘すぎるんだよ!

 現実はどうだ!

 誰も彼もが恐ろしさのあまり、結局、最強神の命令に歯向かえないでは無いか!

 正しいのはこの俺様だ!!

 弱者を貶して、奪って、盗んで、犯して、殺して、勝ち取って、生きて来た。

 歴史など、生き残って勝者になればいくらだって、都合よく改ざんできる。

 つまりは生き残った者こそが、正義なのだ。

 クスコがいかに善良で無害で尊い存在であったかどうかなど、俺様には関係ない。

 それにしても。

 ウィアンの奴、急に俺様に意見するとは、どうもおかしい。

 もしかすると…………

「…………ウィアン。もしかして今日、お前は、あの広間に入っていないのか?」

「あの広間って、どの広間の事です?」

黒奇岩城(くろきがんじょう)の北端、岩破邪(ガハジャ)の間だ。毎朝、あの広間で祈れと言ってあるだろう」

 誰も彼もがフツヌシの思う通りに動いてくれるようになる、いつもの広間。

「アイ…………い、行きましたよー?!」

「本当か?」

 どうも嘘っぽい。

「実は今朝、寝坊しちゃったので、行ったには行ったのですが、ほんのちょっぴりしかいられなかったんです! てへっ!」

 サラッと笑うな!

「つまりはお前、俺様の命令に従わなかった、という事だな?」

 フツヌシは再び、怒りがふつふつと沸き上がるのを抑えられない。

「言いつけを破るとは何事だ!」

「わ、わわわっ! 破ってなど決して! すみませんすみませんすみません!」

「…………!」

 今ここでもう一度、岩破邪(ガハジャ)の術を唱えられたらいいのにな。

 問答無用で全員、俺様の命令に従わせることが出来るのに!

 フツヌシの体はドロドロになったり、カチカチの棘になったり、またドロドロになったりと、目まぐるしく変化した。

 そうこうしているうちに、少しずつ体の力が元へ戻ってゆく。

 ガ、ハ、ジャ…………

 その時、岩時の破魔矢の表面が今よりもさらにどす黒く、ドロッと濁った。

 そのドロドロの液体が、矢を握っているウィアンの手に染み込んでいき、徐々に影響を及ぼしてゆく。

 棘になったフツヌシの目に、ウィアンの表情がはっきりと写るようになった。

 ドロドロ、棘、ドロドロ、棘……

 変化を繰り返しているうちに、フツヌシはいつしか、外の世界に姿を現していた。

 前方を、クスコが悠々と、楽しげに飛んでいる。

 細くしなやかで躍動感のある、美しい白龍だ。

 この瞬間。

 ウィアンの目の色が、赤黒く染まった。

『急に、岩破邪(ガハジャ)が効くようになったか!』

 ウィアンはもう何も言わず、静かな動作で弓を構えた。

 いつしか彼の心はすっかり、フツヌシの岩破邪(ガハジャ)に洗脳されている。

 そうだ、それでいい。

 手間をかけさせるな、ウィアン。

 フツヌシは安堵した。


 ウィアンは前方を飛ぶ白龍に向けて、勢いよく岩時の破魔矢を放った。


 ビュンッ!!!!


 一直線に飛んだ矢は、みるみるうちに巨大化してゆく。

 太い樹木を漆黒に塗りつぶしたような、ごつごつとした形に変化しながら。
 
 白龍クスコの首に、矢は背後から深々と突き刺さった。


「ギャッ!!!」


 大きな悲鳴が、天空に響き渡る。


 クスコは苦しそうに全身をばたつかせ、痛みに震え、飛びながらもがいた。


「やったぜ!」


 フツヌシは叫び、全世界を支配したような喜びと躍動感に心震えた。


 ゴォーッという音と共に鮮血が首から吹き出し、傷口付近を彩ってゆく。


 命が尽きるのも、時間の問題だろう。


 …………だが、そう上手くはいかなかった。

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