桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

天璇(メラク)の鉾

 真っ白な視界が徐々に色づく。

 数えきれないほどの桃の木が立ち並び、熟した実の香りがあたりに漂う。

 七色の蛇頭を持つドラゴンは、かわるがわる大地を襲い始めた。

 そのうちのひとつ、赤い蛇頭が大地に向けて、口から大きな炎を吐いた。

 ゴォーーーーーー!!!

「うわっ!!」

 だが。

 勢いよく放たれた炎は全て、大地の体をすり抜けた。

 大地は手にした鉾で、巨大なドラゴンの腹を突いた。

 七色の蛇頭は泡状に変化し、ぐにゃぐにゃとうごめきながら形を変えていく。

 これではダメージを与えられない。

 泡。

 アワ。

 泡、泡。

 アワ、アワ。

 七色の泡が連なり、四方八方から一斉に襲ってくる。

 大地はしなやかに動き、次々とそれらを避けた。

 だが泡のひとつが右頬をかすめ、毒を塗られたような親指大の傷を負った。

 大地の頬の皮膚はその部分だけ、急速に赤黒くただれていく。

「…………いてぇな」

 泡になると敵は、大地に攻撃できるようである。

 大地は天璇(メラク)の鉾を、盾のようにして構えた。

 鉾はバリアの役割をするために、ぐんぐん大きくなって大地を囲み、泡の攻撃を完全に防いでくれた。

 次の瞬間、鉾はまた元の姿へと戻っていく。

「すげぇ!」

 泡はさらに形を変えた。

 自由自在。

 そんな言葉がぴったりである。

 色が動く。

 泡が連なっていく。

  赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍、紫。

「気持ち悪い奴だな! 目が回る!」

「大地よ、よく見るのじゃ」

 クスコは冷静に、布袋の中から大地へ声をかけた。

 泡は天空から地上まで続く、七色に輝く大きな橋へと変化していく。

「何だあれ?」

ナナイロ(絵の具)じゃ」

 クスコがぼそりと呟いた。

「ナナイロ?」

「あの橋を渡ると高天原じゃ。奴は一定の法則に沿って、変化を繰り返しちょる」

 神の世界と人の世界の『境界』を、繋ぐ橋。

 それが泡の神の正体だ。

「奴は天と地の架け橋じゃ。とてつもなく強い。今のおぬしでは、まともに戦ったところで勝てる相手ではない」

 美しかったはずの虹の橋は、また邪悪な(へび)頭のドラゴンへと戻っていく。

「じゃ、どうすれば…………」

「奴はアホじゃ。動きを読まれていることを知りながらも、同じ動作を繰り返すじゃろ。しいて言うなら、そこがねらい目じゃ」

 また蛇達がうごめき出す。

 赤い蛇が。

 オレンジの蛇が。

 黄色の蛇が。

 緑の蛇が。

 青い蛇が。

 (あい)の蛇が。

 (すみれ)の蛇が。

 大地にふたたび、勢いよく近づいて来る。

「不気味だ」

 気を緩めたとたん、黄色の蛇頭が真上から大地に噛みつこうした。

 大地はそちらへと向き直り、鉾を構えた。

 さらにオレンジの蛇が向かって左側から大地に向かって、襲い掛かってくる。

「────!!」

 オレンジの蛇は大きな口を開け、その鋭い牙で大地に噛みついた。

 ガブリ!

「────!!」

 痛みが無い。

 その牙はガチッと音をたてて大地の喉元をかすめた。

 オレンジの蛇は大地を噛むことが出来なかったため、拍子抜けした様子できょろきょろと首を彷徨わせている。

 敵は蛇頭の状態だと、大地に攻撃することが出来ないらしい。

「動きをよく見るのじゃ、大地よ。蛇頭の時は、相手にせずともよい」

 布袋の中から、クスコの冷静な声が響き渡る。

「梅がこちらに来るまで、時間を稼ぐ必要がある。隙をついて奴の体に入り込むのじゃ」

「体に?」

 大地は耳を疑った。

「入り込む? どうやって?」

 見た目が恐ろしい蛇頭の瞬間だと、敵は大地を攻撃できない。

 体を完全にすり抜けるからだ。

 逆に蛇頭状態の時は、大地は敵の体に入り込むことが出来ない。

 同じように、すり抜けてしまうはずだ。

「奴が泡に変わった瞬間がねらい目じゃ」

「…………わかった」

 大地は桃色の翼を背で大きく広げ、天高くジャンプした。

 虹色のドラゴンには翼が無い。

 だからありがたい事に、敵は空を飛べない。

 虹色のドラゴンを上空から、大地は見下ろした。

「どこだ」

 クスコが声を発した。

「蛇頭の根元じゃ、大地よ」

 蛇頭が突出している部分に向かって、大地は急降下した。

 ドラゴンの体は大地を呑み込もうとするように、入口を開きかけている。

「あそこか?」

 天璇《メラク》の鉾の鋭い両刃の切っ先が、その通りだと返事をするかのように、白銀色に光り輝いた。

 柄の部分に描かれた白龍二匹の巴紋が同時に、閃光を放つ。

 七色のドラゴンはその光を受けると、絶叫した。

「ギャーーーーーーー!!!!」

 七つの蛇頭は大きな泡のように膨張し、内側からエネルギーを放出するように破裂した。

 ────────バチン!!!

 あたり一面に、七つの色が弾け飛んだ。

 ドラゴンの大きな虹色の胴体だけが、風船みたいな形状で地面にへばりついている。

 蛇頭は全て、泡の姿へと変わった。

「今じゃ! あの中へ入れ、大地よ!」

 天璇(メラク)の鉾が、白銀色へとまぶしく光り輝いた。

 大地の体はスーッと、小さく小さくなっていく。

 どんどん小人になってゆく。

 小人化した大地は足先からずぶずぶと、入り口からドラゴンの体内へと入っていった。

 鋭い痛みと熱が足先から、じわじわと大地を襲う。

 先ほどの、泡が発する猛毒を浴びているようである。

「────いててて! 熱い!!」

 ドラゴンの体内は泡の神の体液で溢れ、それが大地を苦しめている。

 燃やされるような痛みと苦痛を味わい、もうだめかと思いながら、大地は天空を振り仰いだ。

すると。

 空にぷかぷかと、誰かが浮かんでいるのが見える。

「……あれは!!」

 結月の体だ。

 空中に横たわっている。

 黒いTシャツと、Gパン姿で。

「結月の『気枯れ』じゃ」

 クスコの声が響き渡る。

「気枯れ?」

「魂をほとんど抜き取られておる。結月の体は今、からっぽなのじゃろう。あの『気枯れ』の中に、泡の神を入らせてはならぬ」

「ユヅ…………!」

 大地の声が微かに震えた。

「絶対に、助けてやるぞ」

 急に、痛みが無くなった。

 それまで猛毒を塗られたような熱さが、大地を襲っていたはずなのに。

「あれ」

 ドラゴンの体に胸元まで呑み込まれていた大地は、首を傾げた。

「全然痛くない」

「おぬしの力が一部、覚醒したようじゃの」

「俺の力?」

 クスコはそれ以上何も言わず、布袋の中に頭をしまい込んだ。

「…………?」

 そして布袋ごとクスコも、ドラゴンの体の中へ入り込んでいく。

 大地は自分の上半身が、七色に輝くのを感じた。

  赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍、紫。

 ドラゴンは、大地をすっぽりと呑み込みながら、その形をぐにゃりと変えた。

 シャボン玉のような虹色の美しい泡が連なっている、橋の形へ。

 この橋は一体何なんだ?

「わけがわからん」

 大地は考えるのをやめた。

 体が完全に呑み込まれ、一瞬息が苦しくなったからだ。


 その空間には泡で出来た、巨大な虹の橋だけが残った。


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