桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

漆黒の破魔矢

 夜になると、岩時神社(いわときじんじゃ)の長くて広い参道の提灯(ちょうちん)に、一斉に灯がともった。

 二匹の(ドラゴン)は赤々とした灯篭(とうろう)をたよりにしながら、神楽殿(かぐらでん)の屋根の上へと降り立った。

「ちょっと動くなよ、バァさん」

「バァさんじゃのうてク」
「クスコな」

 大地はクスコの背後へ回った。

 不思議なことに2回目は、棘の矢(とげのや)が襲ってこなかった。

 まるで大地に攻撃して来ることを、諦めたような雰囲気である。

 大きな桃色の口を開け、自分の四本の牙を使い、大地はクスコの首に刺さっている太い破魔矢(はまや)に、ためらうことなく嚙み(かみ)ついた。

 ガシッ!!

 飛び出した小さな(とげ)が口の中にあたる感触はあったが、痛みは全く感じない。矢の芯となっている部分だけを、大地の牙が(とら)えている。

 力を込め、一気に引き抜く。

 ────グゥオッ!!!

 大きな音と共に、黒い破魔矢(はまや)はするりと抜けた。

「イデデデデデデ!!!」
 クスコの絶叫が響く。

 想像よりも簡単に抜けたので、勢い余って大地は後ろに尻もちをつき、屋根の上から転がり落ちそうになった。

ゴガッ(おわっ)!!」

 矢をくわえたまま左手から伸びた爪で、屋根から伸びた長い千木(ちぎ)に、大地はすかさず(つかま)った。

 その瞬間、音が鳴った。

 ────シュワッ!!

 太い矢の表面が、黒い小さな虫のような粒に変化を見せ、上空へと広がりながら舞いあがっていく。

『ナ』『ニ』『ヲ』『ス』『ル』

「?!」

 気味の悪い声が、重なりながら聞こえてきた。

 大地がそちらへ振り向くと、矢から飛び出した粒状の何かが、5つの艶やかな黒い珠へと姿を変えた。

 それらは岩時神社の最奥に位置する、本殿(ほんでん)の方角へと飛び去っていく。

 大地の口の中には一本の、細くて長い破魔矢(はまや)だけが残った。

 その本体は矢竹(やだけ)の部分が赤い色で、矢羽(やばね)の部分は白色である。

「────何だったんだ、今の」

 口から落ちたその矢をキャッチし、大地はクスコの方を見た。

「抜けたぞ」

 白い霧がモクモクと発生し、みるみるうちに視界の全てを(さえぎ)った。何が起きたのかわからず、大地は一瞬身構えた。

「……クスコ?」

 クスコがいた場所から、いきなり声が聞こえてくる。

「ハァァァ~……。アレが抜けたとたん、めっっっちゃ体が楽になったわ~。ありがとうのぅ! 桃色の!」

 霧が晴れ、ようやくあたりが見え始めた。

 だがいくら目を凝らしても、クスコの姿は見当たらない。

「どこにいるんだ?」

「ここにおるぞえ」

 声は足元の方から聞こえてきた。

 見下ろすと、ドラゴン姿の大地にとってはコガネムシくらいの大きさに見える、小さな姿になった白龍クスコが、ちょこんと座ってこちらを見上げている。

「え? なんで小さくなったんだ」

「ふわぁぁぁぁ……ぁぁぁ……」

 小さなクスコはぽろぽろぽろぽろ、涙をこぼした。

「およ? ワシャ小さくなってしもたのかえ……。ふわぁぁぁぁぁぁ……」

 涙の理由は悲しいからではなく、何度もあくびをしたからのようである。

「それは多分のう……ふわぁぁぁぁぁぁ……破魔矢(はまや)の黒いとこに力を吸い取られたせいかも知れん……」

 ぽろぽろぽろー。

 ぽろぽろぽろー。

「あの痛みが……やっと引いたわい……おぬしのおかげじゃぁ……」

「……そりゃ良かったな」

 クスコの目から落ちた涙は、C字形の美しい勾玉《まがたま》へと、姿を変えた。

 その勾玉は、銀色に光っている。

「……大丈夫なのか?」

 大地はクスコが心配になった。

 涙が勾玉になったのも奇妙だが、彼女が元の姿に戻れるのかという事が、何よりも気になった。

 刺さっていた矢を抜いたのは他でもない自分なので、責任も少し感じてしまう。

「ダイジョブじゃ。そのうち戻れるじゃろ」

 気軽な声色で答えたクスコに、大地は頷いた。

「ならいいけど」

 最初は少なかった勾玉(まがたま)の数が、どんどんどんどん増えていく。

 神楽殿の屋根の上はそれらの輝きのせいで、人目につきそうなくらい明るくなった。

「優しいのう。おぬし、名はなんという」

「大地だ」
 
 あくびをしながらクスコは、屋根の上に落ちた無数の、勾玉の山を指さした。

「大地か。……そだ、矢を抜いてくれた礼に、これらをおぬしにやろう……」

「?」

 光る勾玉はぽんぽん音を立てて連なり、いつの間にか銀色の糸に通され、ひとつの長い鎖へ姿を変えた。

 その鎖はするすると大地の首へ這い上がり、あっという間に巻きついた。

「おわっ?!」

「勾玉のみすまるじゃ」

「みすまる?」

「大地や。そのみすまるはのう、おぬしを守ってくれるじょよ……むにゃ……」

「……」

 小さなクスコは目を瞑りながら、こっくりこっくりと、首を上下に揺らしている。

「……クスコ?」

 クスコは屋根の上でくらぁっとよろめき、ふにゃありと丸くなり、ス~ス~と寝息を立てだした。

「……まさか寝たのか?」

「……ス~……。ス~……」

 大地は困惑した。

 どうやら深い眠りについてしまったようで、いくら声をかけてももう、クスコは返事をしなかった。

「マジかよ……。このまま、ここに放置するわけにもいかねぇし……」

 空を仰ぐと、大地は何かの合図の様な、奇妙な言葉を口にした。

 口笛より高い音が、凛とした波動と共に、高らかに空から響いてくる。

 ピンクと薄緑色の光が降り注いで、大地の体に幾重にも纏いついていく。

 あっという間に大地は18歳くらいに見える長身の、美しい少年の姿へと変身した。

 肩まで伸びたピンク色のくせっ毛が、ふんわりと風に揺れている。

「仕方ねぇな……」

 白装束の上に黒いマントを羽織った人間姿の大地の首には、クスコからもらった勾玉のみすまるが、チョーカーのようにぴったりと巻き付いていた。

「バァさんも連れて行ってやるか」

 ややつりあがった深緑色の二重瞼をクスコへ向け、大地は優しくその体を、両手で包むように持ち上げた。

「あ」

 クスコの体を腰にぶら下がった布袋の中にしまいながら、大地はにやりとほほ笑んだ。

「クスコな」













『どこですー?』

『どこかしら?』

『どこなの?』

『どこどこ?』

『どこだよ?』

 ジグザグに滑空しながら空を飛ぶ、5つの黒い珠が会話をしている。

 どうやら彼らは、何かを探しているようだ。

『光る魂、食べましょー』

『光る魂、恋しいですわ』

『光る魂ホントにいるの?』

『光る魂、どこどこどこ~?』

『光る魂、食えるのか?!』

 『光る魂』を探しながら空の上でワイワイと会話する彼らは、先ほどまでクスコの首に刺さっていた、破魔矢(はまや)の黒い部分だったものたちである。


 矢と分離したこの5つの黒い珠は、岩時神社の祭囃子(まつりばやし)が聞こえる方角へと、それぞれの思いを口にしながら、飛んで行こうとしているようだった。





 
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