桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

嫌なものは嫌

 ごくん。


 ウタカタは霊水を飲んだ。


 何の味もしない。


 塩っぽくない。


 まずくはない。


 でも、美味しくもない。



 ただ冷たくて、とても清らかな味。




「…………?!!」




 本殿の中が突然、ぐにゃりと揺れた。




 地震とは揺れ方が違う。

 空間がどんどん歪んでいく。

「おわっ?!」

 大地は驚き、結月を腕に抱きながら小さくうずくまった。


天璇(メラク)


 高天原にいる久遠の念が、頭の中で微かに響く。


 大地と梅は、白く透き通る勾玉の形をした、固い容器のような何かに閉じ込められた。

 梅はその、白く透き通った何かに触れてみた。


 コンコン。


 小さな音が響く。


「ここから出られないようですね」

「泡の神が変化しておる。危険だから久遠が、おぬしらを天璇(メラク)で閉じ込めたのじゃろ」

 クスコは大地と梅にだけ聞こえるように、布袋の中から小声で話した。

「変化? てことはまた泡とか、橋とかになるって事か?」

「はて。ワシらはここで、大人しく成り行きを見守るしかなさそうじゃのぅ。大地、おぬしは結月の本体を大事に守るのじゃぞ」

「…………わかった」




 白い勾玉に守られながら、大地は世界がぐるぐると回っているのを見つめた。



 大きな白と黒がまわる。



 中心に向かってまわり続ける。



 中心の白と黒は小さくまわる。



 決して交わることなく、まわり続ける。



 それを見ているうちに大地は気持ちが悪くなり、意識が朦朧として気を失ってしまいそうになっていく。



 わけがわからな過ぎて、二度と見たくないような光景として目に飛び込んでくる。



 だが目を見開いて、この光景をちゃんと見つめなければいけない気がする。



 そうしなければ、結月を守れない。




 そんな気がするからだ。

















「ねー結月ー、それ、何の絵ー?」

 ウタカタは、大きなキャンバスに描かれた結月の絵を指さした。

 満開の桜の木の下で、結月、さくら、大地、凌太、律、紺野の6人が夏祭りを楽しんでいる絵だ。
 
 絵の中の神社には屋台が広がり、桜の花びらが舞い散る中、子供達が祭りを楽しんでいる。

「私の友達」

 白い肌と黒い髪色になったウタカタは、すっかり笑顔を無くしていたが、口だけは相変わらず達者である。

 彼女は結月の近くに座り込んで、ぺらぺらと話し始めた。

「トモダチ? そーなんだ! アタシにもねー、トモダチいるんだよー! まずね、えっとね、エセナちゃん。とーっても綺麗でカワイくてね、優しいのー! でもエセナちゃん、いっつもユーウツそうで暗いんだ。そのへんがね、アタシには謎ー」

「…………ふーん」

 結月は無表情のまま、ウタカタの話にただ相槌を打った。

 変な子だ。

 とってもテンション高いわりに、無表情のままぺらぺらと喋り続けている。

 でも、羨ましいなと結月は思う。

 自分もこんな風に、スラスラ喋れたらいいのに。

「あとねあとね、クナ君! クナ君はイケメンなオッサンのくせに、ちょーっとエッチだからねー、女の子みーんなに嫌われてるー。はははーっ!! でもね、どーしてかわかんないけどねー、自分をモテてるって思ってるのー!! 超ウケるんですけどー!!」

「…………へえ」

 自分の周りには見かけないタイプだな、そのクナ君とやらは。

 と思った瞬間、はたと結月は気がついた。

 自分はだんだん、この少女の言葉に興味を持ち始めている。

 でも、疑問が一つ浮かぶ。

 何だかこの子、あの恐ろしい、七色の女の子にそっくりな気がする……。

「あとねあとね、スズネっち! ギャーギャーうるっせえババアなんだけどねー、時々アタシには優しくしてくれるんだー! お菓子作ってくれたりとかー、なでなでしてくれたりとかー。 だからアタシ、おっそろしいババァなんだけどスズネっちのこともだーい好きー!!」

「…………そう」

 『うるっせえババア』も、自分の周りにはいないなぁ。

 本当は自分って、すごく幸せ者だったんだなぁ。

 結月はふと、そんな感想を持った。

「あとあとあと、フッツー! フッツーはねぇ、ガンコジジイー!!! 自分のことを偉ーい神様だって思ってるんだよー! ホントはね、ごっつごっつした、ただの岩ハゲなんだけどねー!! はははははーっ!!!! でも頼りになるからみんな今んとこ、フッツーのいう事はちゃーんと聞いてるんだよ! フッツーは今回のリーダーだからね……あっ! おおっとー、アタシ喋り過ぎちゃった、てへ♡」

 ごつごつした、ただの岩ハゲ……

「…………ぷはっ!」

 結月はフッツーを想像し、突然声を上げて笑い出した。

「岩ハゲっ…………!!」

 いつもはなかなか笑わない結月だが、いったんツボに入ってしまうと止まらない。

「ははははは…………!!!」

 そんな彼女を見てウタカタも少しだけ笑顔を取り戻し、絵の中にいる一人の少女を指差した。

「あ! これ、結月でしょー!」

 絵の中にいても、結月は絵を描いている。

「うん、そう。正解」

「ねーねー結月ー、これ誰誰ー?」

 ウタカタが指した少年は、ヒーローのお面をつけて綿あめを持っている。

「………これは、凌太」

 光る魂を食う直前に、絵の中から飛び出て自分を殴りつけた少年がこの凌太なのだが、ウタカタは同一人物だという事に、まるで気づいていない。

「どんなトモダチ?」

「凌太はみんなのヒーロー。めちゃ強い」

「へえー! じゃこの子はー?」

 今度は茶色がかったショートヘアの女の子を、ウタカタは指差した。

「律。綺麗な音楽をいっぱい作れる」

「ふーん! じゃあじゃあこの子はー?」

 ウタカタは、桜の木の下で本を読んでいる少年を指差した。

「紺野。優しくて頭がいい。ちょっと怖がり」

「あーっ! これってもしかして、桃色ドラゴン!」

 ウタカタは、薄緑色の浴衣を着た少女と遊んでいる、ピンク色の髪の少年を指さしている。

「ドラゴン? ああ、大地のこと?」

「ダイチ?」

「うん。夏祭りの時だけ遊びに来る友達。確かに、大地はドラゴンみたい…………」

 結月は小さな頃から、大地の事をただの人間だとは思えなかった。

 ピンク色の髪が地毛なんて、ありえないし。

 同じ年くらいのはずなのに、結月にとって大地はみんなよりずっと、大人びて見えた。

 それがとても不自然に感じた。

 大地といると、いつも奇妙な感覚に襲われたが、本人にそのことを言うのはやめておいた。

 別にいい。

 大地がどんな生き物だろうと、友達でいてくれるなら、何だっていい。

 大地といるのが嬉しいし、楽しいから。

 ウタカタは最後に、薄緑色の浴衣を着た少女を指さした。

「この子、エセナちゃんみたい!」

 一瞬ウタカタの目に、何かの色が宿った気がして、結月は少し驚いた。

「……そう? これはさくら。私の親友」

「シンユウって何?」

「うーん、何だろう。すごく大切」


 あーもう。


 この絵を見たらまた、思い出しちゃった。


 大切過ぎて、痛いくらい。


 苦しいくらい。


 目を背けてしまいたくなるくらい。


 離れたくない。


 さくらと。


 みんなと。


 どうして自分が、イギリスへ引っ越さなければならないの?



 もう、ひとりぼっちは嫌。



 会えないのは嫌。



 寂しいのは嫌。



「…………いや」



「…………結月?」





「…………嫌なものは嫌ーっ!!!」




 結月は叫んだ。



 ウタカタはびっくりしてしまい、心配そうに結月の肩にそっと触れ、彼女の顔を覗き込んだ。



「結月……どうしたの?」





 結月は、声をあげてわぁわぁと泣き出していた。




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