桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

黒色の七支刀

(わたくし)が、お取りいたしましょう」

 白婉(しろつや)と名乗った藍色の髪の美少女が、大地の目の前に立ち膝をする。

 ふたつの胸を大地の目の前で大きく揺らしながら、彼女は羽冠に手を伸ばしてきた。

 他の女達も、あらわな胸を隠そうとせず、近くへと集まって来る。

 白婉(しろつや)の柔らかくてすべすべとした手が、大地の羽冠に直接触れた。

 彼女の豊満な胸が顔にくっつきそうな近さで迫り、大地は咄嗟に目を閉じた。

「取れないですねー…………」

「……いい。もう触るな」

 拒絶するそぶりを見せると、姫榊(ヒサカキ)は大地の気持ちを汲み取り、これ以上女の子達が近寄るのを、さりげなく制止した。

 彼女らは大人しく距離を保ちながら、大地を心配そうに見つめている。

 無理だ。

 鼓動が脈打ち、頭痛がしてくる。

 さくら以外の女の魅力に、これ以上劣情を催したくない。

 歯止めが効かなくりそうだから、自分の性的な欲望や好奇心を、むやみやたらと煽り続けるわけにはいかない。

 どんな風に自分が変わってしまうのか、想像がつかないからだ。

 上手くコントロールする事が叶わなくなってからでは、もう遅い。

 深入りしたく無い。

 それに、性欲を煽るこの岩時城は、根底から何かがおかしい。

 大地は今までにないくらい、強い渇きを感じていた。

 狂わされる寸前だと言ってもいい。

 満たされたくて、狂おしいほどに体が、女性の血を強く求めている。

 後戻りできない状況に陥る寸前だ。

 早くこんな場所から出たい。


「頼むから何か服を着てくれ!」


 ────カッ!!!


 大声で叫んだ途端、大地の頭に輝く黒い羽冠が、その声に反応を示した。

 まばゆい光が突然、冠の奥から幾重にも輝き出す。

 光は羽冠と分離し、空中で一瞬だけ桜色に変化したのち、黒地に鮮やかな桜の花が描かれた、美しい着物へと姿を変えた。

 その着物は姫榊(ヒサカキ)白婉(しろつや)をはじめとする女たちの体にふんわりと巻き付いて、彼女らの体を上から美しく着飾った。

 どの少女も同じ色の着物だが、帯の色や帯留め、桜の柄の大きさやデザインだけは様々で、一人ひとりにとても良く似合っている。

 黒婉(くろつや)と名乗った薄緑色の髪の少女が、明るい笑顔で感嘆の声を上げた。

「この美しい着物を私たちに下さったのですか? …………大地様、ありがとうございます!」

 思いがけない感謝の言葉に、大地の心は音を立てて動いた。

「すごい力をお持ちなのですね」

 未知の生物を見るかのように、ユミヅチは穴が開くほど大地を見つめた。

「自分でも初めて見る。こんな力」

 大地はもう一度、自分の頭に乗った羽冠に手を当てた。

 あのおかしな黒い液体を浴びたあたりからずっと、自分の体の感覚がおかしい。

 黒い羽冠が自分の口の中から現れたのは、あの液体のせいなのだろうか。

 クスコのみすまるを食べたおかげという訳では、無いような気がする。

 そして黒い着物が、黒い羽冠から突如、現れたのは何故なのか…………。

「そうか。わかったぞ『触手』だ」

 ユミヅチの、あのおぞましい話に大地の心が反応を示し、それが引き金になったのである。

 心の奥深くに閉じ込めていた自分の過去が、一瞬だけ大地の脳裏に蘇った。

 囚われの身だった、幼少期の記憶。

 1歳から6歳までの間、何度も何度も大地はどこかへと拉致され、強制的に親から隔離された。

 大地が白龍と人間のハーフという、とても珍しい生き物だったからである。

 方法はいつも、残忍で無慈悲。

 暗くて狭くて寒い場所にたった一人で閉じ込められた後は、巨大怪物のぐねぐねと動く触手に、女性達との意味は違えど、体中をまさぐられた。

 脳内の奥深くまで無遠慮に侵入されて調べ尽くされ、最高神をはじめとする薄汚い心を持つ神々に、常に観察され続けた。

 大地が神々にとっての脅威にならないかを、徹底的に調べ尽くすために。

 理解が及ばなければ、最後には抹殺するつもりだったのだろう。

 観察されている時以外は、ずっと放置された。

 食事もろくに与えられず、狭い空間の中でただ一人。

 孤独に過ごすしかないその場所は、生き地獄だった。

 正確な状況は知る由も無いが、どういう訳かやがて飽きられ、無害な生き物であるという判決が下ったたためか6歳を過ぎた頃には、大地に手出しをする神々はいなくなった。

 よく自害しなかったと思う。

 『触手』の話が引き金となり、過去の記憶を完全に呼び覚ます事を恐れ、大地の体が激しく拒否反応を示した。

 そして黒い羽冠が現れた。

 ユミヅチは冷静な表情に戻っており、再び大地に向かって熱く激しく語り始めた。

「そうです、触手です! 女の子達は見た目の魅力が最も大事ですが、感度の良し悪しも重要ですよね?」

「知らねぇよ」

 ────この、最低のゲスが。

 見た目の魅力が最も大事なら、年を取ったらお払い箱って事じゃねぇか。

 ユミヅチを罵倒したくなるところを、大地はグッとこらえた。

 だが、これ以上おぞましい話を聞かされたら今度こそ、ユミヅチを殺してしまいたくなりそうな気はする。

「え? もしかして大地様、吸血行為、初めてなんですか?」

「────!」

「それは良かった。ガチャで当たった女の子以外にも、沢山の女の子を試しながら比較して、時間をかけて吟味していただく事ができますよ」

「…………」

 吟味って何なんだ。

 さっきのクナドみたいな事を言いやがって。

『たくさんの中からあれこれ吟味して、自分の好みのものを選ぶのが楽しいんじゃないか』

 この岩時城は、クナドの煩悩から生まれた世界そのものなんじゃ無いのか?

 ユミヅチは少女の姿をしているが、クナドそっくりのクズだ。

 もしかしたら綺麗な少女の姿をしているだけの、化け物なのかもしれない。

「美しさ、清潔感、知識、教養、経験、行動、体のバランス、病みつきになりそうな魅力、性奴隷に欠かせない服従的な態度。全てを兼ね備えた女の子こそが、最高峰の姫神なのです!」

 性奴隷。

 ついに本性を現しやがった。

 だがまだ様子を見るべきだ、動くな、動くな、動くな…………

 ユミヅチの首を絞めたくなる気持ちを、大地は辛うじて抑えつけた。

 黒い羽冠がこれでもかというくらいに、大きく膨らんでいく。

 どうやら大地が何かを強く我慢するたびに、この羽冠はどんどん力を与えられるらしい。

 姫榊(ヒサカキ)は先ほどからそんな大地を、心配そうに注意深く見つめていた。

 興奮した様子のユミヅチの話は、止まらない。

「ここで育てた女の子達はEランク~SSRランクという身分プレートをつけて、売りに出されます。近くに住む男たちが、定期的に観察しに来るんですよ。購入希望の男性には、女の子のランクや経験値によって値を吊り上げて、売り飛ばします!」

 大地が飲むはずだった酒を大量に飲んで、かなり酔いが回っているらしく、ユミヅチは女の子達の気持ちなどお構いなしに、楽しそうに語り続けている。

「他の女の血をどれだけ吸ったとしても、ウザーい嫉妬なんか絶対にしません。何億年もかけて、そういう教育を徹底的に施しているんです。面倒な恋の駆け引きや愛情を育む必要など一切ありません。女の子を手に入れた男たちは病みつきになって、夢のハーレムと夢の吸血行為を今すぐに、存分に楽しめるというわけなのです!」

 汚らわしさ。

 それしか感じない。
 
 大地が叫びそうになったその瞬間、頭上にある黒い羽冠から再び、まばゆい光が発せられた。

 その輝きはみるみるうちに姿を変え、過去に見た中で最も名のある武器の姿になって、大地の手の中に納まった。


 カナメが持つ白とは、逆の色。


 大きくて黒く輝く、七支刀(しちしとう)だ。
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