桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

海神(ワダツミ)の杖

 トワケは青白い杖を取り出し、大地の足元に『天璣(フェクダ)』を放った。

 ────グアッ!!

 巨大な光が咲蔵の中全体を照らす。

「おわっ!!」

 いきなり攻撃された大地は、慌てて後ろへと飛びのいた。

 立っていた地面は半球状に陥没し、その部分だけ白くなっている。

「瞬発力はあるようじゃの。大地よ」

 足元に向けられた杖の先はジワジワと上へ向けられ、大地の視線の真っ直ぐ先でピタリと止まった。

「び、びっくりしたじゃねぇか!」

「今からそなたの力の動きを見せてもらう。大地よ、まずは『天璇(メラク)』を使って我の攻撃を防いでみせよ」

「わかった」
 
 トワケは次々に『天璣(フェクダ)』の光球を大地に向けて放った。


 ────グアッ!!

 ────グアッ!!

 ────グアッ!!


 ボコッ!!

 ボコッ!!

 ボコッ!!


 間一髪で大地に躱された光球は、咲蔵(サクラ)の内部を次々と破壊していく。

 修行が始まった途端、巻き添えを食らわぬように、トワケの弟子たちは速やかに撤収し、そそくさと逃げ出した。

 大事な創作物を壊されるわけにはいかないのだから、無理もない。

 武器工房は道具だけが残され、トワケと大地、姫毬たち以外は誰もいなくなった。

 覚えたての天璇(メラク)を念じると、大地の両手から自分の体を守る大きさの、透き通ったバリアが生み出される。

 トワケの『天璣(フェクダ)』の光が体に当たる瞬間、バリアが音を立ててその球を次々と跳ね返していく。

 ────グアッ!!

 ガン!

 ────グアッ!!

 ガン!

 ────グアッ!!

 ガン!

「くっ!」

 ────足りない!

 トワケの杖から放たれた光球の数は、どんどん、どんどん増えていく。

 数えきれないくらいに。

 ────グアッ!!
 ────グアッ!!
 ────グアッ!!

 ガンッ!!
 ガンッ!!
 ガンッ!!

 速さにとてもついていけず、大地は徐々に後ずさった。

 天璇(メラク)のバリアはあっという間に一部が破壊され、すかさずその隙間から光球を撃ち込まれた。


 ────やばい。当たる!!


 バリアはすべて破壊された。

 鋭い光球が頬をかすめ、大地の血があたりに飛び散る。

「イテッ!」

 この戦いを見つめていた姫毬、姫榊、白艶、黒艶の四人は、ごくりと息を飲み込んだ。

 大地はさらに大きな力で念じて、巨大な天璇(メラク)を生み出していく。

 それは『天璇(メラク)の鉾』の形になって、手の中におさまった。

 バチバチ!

 バチバチ!

 雷光を放ったのち、天璇(メラク)の鉾はその色を、黒一色に染めあげていく。

「力で武器を生成したか!」

 トワケは目を見張った。

「大地しか持たぬ、独特な力のようじゃが……」

 危機が迫ると、その時に最も必要な武器を、生成してしまう力。

 つまり普段は武器を所持する必要が無くなるのだから、便利ではある。

「てやっ!」
 
 大地は天璇(メラク)の鉾を大きく一振りし、トワケが放つ『天璣(フェクダ)』の光を全て、打ち返すように跳ね飛ばした。

「わっ!」

 勢いよく光球のひとつがトワケに跳ね返ってくる。

 ────ガン!

 老人は慌てて天璇(メラク)を生み出し、それを防いだ。

 間一髪の攻防。

 当たったら間違いなく即死だ。

「……なるほどの、大体わかった。そなたの強大な力と、その欠点が」

 恐怖が武器を生み出してしまう。

 そんな危うさを覚える。
 
「防御で躱しきれぬと咄嗟に、相手の力を削ぐため武器を生成し、攻撃に転じてしまうのじゃ。強すぎるが故に」

 言いながらトワケは頭の中で、ある考えにたどり着いた。

「経験も思考も未熟ゆえ、不安定に武器の色が黒く濁る。そもそもそなた、何をそんなに焦っておる?」

 トワケの質問に、大地は返答するかを一瞬、躊躇した。

 だが素直に、許す範囲内で伝えるべきだと思い、ぽつぽつと話し出した。

 一刻も早く、仲間を助け出したい。

 そのために今だけ、力が要る。

 さくら。

 紺野。

 凌太。

 律。

 行方不明者は、まだ四人いる。

 いつか手放すとしても、今だけはどうしても必要な力。

「白龍が守る人間世界の岩時神社に、黒龍側が侵入しておったとは。何故それをもっと早く言わぬのじゃ!」

 話を最後まで聞いたトワケは、ふと疑問を口にした。

「禁忌を犯せばどんなに高位の神であれ、最強神ミナの判断で死罪が確定する。のんきに『光る魂』を食ったりしている場合では、無いと思うがの」

「……じゃ、奴らは一体……」

「自身の身の安全と引き換えに『光る魂』を、最強神に捧げるつもりなのではないか? 少々毒見した後で、高天原へ連れて行こうとしておる可能性が高い」

「…………何?」

 背筋に冷たいものが走り、大地は顔を歪めた。

「…………大地よ。古代の神々は、ただ愛でるために人を作ったわけでは無い。『光る魂』の味や香りに興味があったからじゃ」

 クスコも以前、同じことを言っていた。

「…………」

「…………」

 しばらくの間、薄気味の悪い沈黙が続いた。

 思ったよりも大ごとではないか。

 トワケは自身が持つ杖を、大地にぽんと手渡した。

「これは咲蔵が生み出した最強の傑作。『海神(ワダツミ)の杖』じゃ」

「…………!」

 手渡された杖は握りやすくて、とても軽い。

「これを使って天璇(メラク)を唱えてみよ」

「ああ」

 まさか大切な杖を、トワケは自分にくれるつもりなのだろうか?

 大地は杖を目の前にかざし、言われた通り天璇(メラク)を念じた。

 すると今までより一層、透き通った天璇(メラク)のバリアが出来上がり、大地のまわりをぐるっと囲んだ。

「お………。今までと全然違う」

「武器はただの器に過ぎぬが、使い方さえ合っていれば、正しい方へ力を集中させやすい。相性の良いもの使えば、黒く転じる心配は少ない」
 
 トワケは「思った通りじゃ」と嬉しそうにつぶやき、頷いた。

「背中にある刀剣を見せてみよ」

 大地は七支刀をトワケに手渡した。

 老人は刀剣をじっくりと観察した後、両手を握り潰す仕草をした。

 ────グシャッ! 

 すると、中央から黒と白に分かれた七支刀は、跡形もなく消滅した。

 光の粒へと変化し、その粒もやがてハラハラと空中で飛散していく。

「あっ! 何するんだ」

「欲望で生み出した武器を使って攻撃してはならぬ。今の刀剣の持ち主は本当に、そなたなのか」

「…………いや、違う」

 七支刀は、獅子カナメのものだ。

 父である久遠が彼にあの刀剣を与える瞬間を、偶然大地が目撃しただけである。

「そなたはあの刀剣に憧れた。そうではないか」

「…………ああ」

 かの名刀を、父である久遠から授かるカナメの栄誉が、羨ましかった。

 どうして自分に、七支刀が与えられなかったのだろう、と。

 嫉妬しなかったといえば嘘になる。

 大地は伝説の名刀に憧れ、自分が使ってみたいと、あの時強く願ってしまった。

 だが。

 戦い続ける宿命を持った獅子と、人間になりたい自分は違うのだから、と。

 七支刀の存在はその瞬間、頭の隅に追いやっていた。

 消えた七支刀は、正確な使い方やリスクを知らぬまま、大地の欲望が生み出した偽物だったのである。

「もしかして、天璇(メラク)の鉾も」

「うむ。鞘の色を見れば、黒い力が見て取れる。そのまま使ってはすぐに、黒天璇(クスメラク)へ転じるじゃろう」

「黒い力は…………使っちゃ、ダメなのか?」

「そなた、黒龍側の神になりたいか」

 大地は急いで首を横に振った。

 あんな奴らになるなど、死んでもごめんだ。

「奴らを相手に戦うとはつまり、白龍側の意思を持つということ。そなたは我の攻撃よってたった今、頬から血を流したであろう。それが何故かわかるか」

「……トワケに攻撃されたからだろ」

「我の言葉を真剣に受け止め、影響を受けようと、そなた自身が決めたからじゃ」

「…………!」

「影響を与えられる者しか、本人を傷つけることはできぬ。それ以外の攻撃は全て、そなたは無効化できるのじゃ。その真の力を今から、目覚めさせねばならぬ」

 トワケは先ほど大地に渡した、丈の長い杖を指さした。

「その海神(ワダツミ)の杖を、そなたにやろう。人になるまでの間、使うとよい」

「…………これを、くれるのか」

「いつ壊れてもおかしくない古さじゃがのう」

「ありがとう」

「後継者は育ったし、我はもう戦わぬ」

「…………大事に使わせてもらう」

 つまりトワケはこう言いたいのだ。

 自分で生み出した武器を使って、たやすく他者を傷つけるな。と。

 戦って勝利した後、自分を許す気になれなくなるだろうから。と。

 大地はもう一度頷いた。


 一方。トワケは言いかけた言葉を、ゆっくりと飲み込んだ。


 ────そのバカ力を上手く使いこなせるようになるまで、武器を生むな。


 だが、これよりは本人が様々な体験をして、自分で真実にたどり着くべきだろう。


 トワケにもらった『海神(ワダツミ)の杖』を、大地は両手で握りしめた。


 それは太くて長く、滑らかで軽く、ほんのりと温かかった。








 
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