桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

守られた飴細工

 大地の喉の奥からは、本人の意思とは関係なく、恐ろしい威力を持つ禁断の炎が、いくつもいくつも吐き出された。

 空間を破壊する最大の力『黒天枢(クスドゥーベ)』が、螺旋城の全てを破壊する。

 この恐るべき桃色のドラゴンに対抗するため、時の神スウは新妻であるユナをかばいながら、時を止めようと試みたが、まるで効果が無かった。

「力の無効化…………? このドラゴンは何者なのだ」

 こんなに恐ろしいドラゴンを、スウは初めて見る。

 螺旋城が巨大蜘蛛の骨格だけになるまで、攻撃がおさまることは無かった。

「よりによって、大事な結婚式に現れるとは」

 雷の音が鳴り響き、螺旋城に住む生き物を震え上がらせ、死の恐怖を与え続ける。

 それまで結婚式を楽しんでいた来賓や、螺旋城の者たちは慌てふためき、我先にと逃げ出してゆく。

 外へ避難していった参列者たちは、螺旋城関係者に猛烈な非難を浴びせている。

 酷い目に遭わされたことを心底恨みながら、命からがら帰って行く。

『螺旋城へは金輪際、行かない方が良い。いくら誘われても絶対に駄目だ。あんな呪われてしまった城は、滅びた方が世のためだ』

 帰り道で彼らはこんな風に、誰彼構わず吹聴して回るかも知れない。

 だが不思議な事に、桃色のドラゴンの攻撃の矛先は生き物以外の物であり、逃げ惑っている生き物たちは全く攻撃されなかった。

 ドラゴンは螺旋城を破壊するためだけに動いており、生き物を殺す気が無かったのである。

 時の神スウは玉座から立ち上がり、自分の事は最後まで後回しにしながら、客人を全員、無事安全に逃がすため、召使たちにてきぱきと指示を出し始めた。

 彼の態度からは恐怖や絶望など微塵も感じられず、ただ愛する者達を守ろうという気概だけが感じられる。

 ユナはそんな王子の態度に、少なからず驚いた。

 儚そうなのは外見だけで、王子の本質は大変頼もしい男だったのである。

 召使達がどう懇願しても彼は逃げようとせず、全員が無事逃げ出せるまで落ち着き払って、的確な指示を出し続けた。

 ついにスウは会場にいた全ての客人を、城下に逃がすことに成功した。

「これでもう、城がどうなっても問題は無い」

 いっそ清々しい様子でこう言いながら、王子は側に残った召使に、ユナを連れて逃げるよう指示を出した。

 ユナが首を横に振ったので、王子は彼女に直接言った。

「ユナ姫。早く逃げなさい」

「…………私がこの式を、こんな風にした張本人なのですよ?」

「あなたが?」

 ユナはどんな表情をしていいのかわからない。

「はい。申し訳ございませんでした。謝って済むことではありませんが」

 声が震える。

 自分は一体何という事を、してしまったのだろう。

 大広間のみならず、城全体を破壊し尽くしてしまった事に、今更ながら申し訳無さが溢れてくる。

 破壊など、しなければ良かった。

 螺旋城は美しかったのに。

「逃げるわけにはまいりません」

 時の神スウは落ち着き払い、大地の方を指さした。

「結婚式に乱入したのは、あそこで暴れている桃色のドラゴンではありませんか」

 彼は笑い、驚いているユナの肩に優しく手を乗せ、気遣うようにこう言った。

「今は誰が城を破壊したとか、そんな些細な事はどうだっていい。どこへでも逃げていいんだ、ユナ王女。この結婚が嫌だったのだろう?」

「…………!」

「私は最後の最後まで、この螺旋城を守らなければならない。でも、あなたは違う」

「…………」

 スウはユナをいたわる様に見つめ、悲しそうに微笑んだ。

 彼は知っていたのだ。

 ユナの嫌悪を。

 破壊への衝動を。

「まだあなたは、私と正式に婚姻を交わしてはいない。よって螺旋城の関係者では無い。あなたはこの結婚を無効にして、いくらでもやり直せるではないか」

 先ほどまで退屈そうだったスウ王子が、とても頼もしい存在に映る。

 ドラゴンが放つ風力により全ての物が吹き飛び、薙ぎ払われてゆく。

「…………ご存知だったのですね」

 巨大な闇が生まれ、螺旋城を消してしまうかの如く、強引に吸い取ってゆく。

「表情を見ればね」

 螺旋城を壊す事しか念頭に無い狂った桃色のドラゴンの目には、城を破壊した後の空しさなどは映っていない。

 破壊しては二度と守れない。

「…………私も守ります」

 ユナは自分でも驚くくらいはっきりした声で、初めて前向きな一歩を踏み出した。

 ぐるんとドラゴンが廻ると光が生まれ、蒸発させるような熱でぶつかってくる。

 咄嗟にユナは、最後に出されたデザートを全て、白い布で大事そうに包み込んだ。

「危ない!」

 スウ王子は光り輝く鳳凰に変身し、ユナをかばうように背に乗せ、彼女を守った。

 今の攻撃によって人型の男女が8組ほど対になった、身目麗しい小さな飴細工3組が、粉々に破壊されてしまった。

 残りの5組を、何としても守らなければ。

 ユナは右手の甲を焼かれたが、痛みなどは気にならない。

 ただただ壊された飴細工を見て悲しくなり、声を震わせてこう言った。

「ごめんなさい。あなた達まで壊してしまうわけにいかない」

 皿の上で踊っていた5組の菓子は、いきなり布で包まれてびっくりしたように、ジタバタと動き出した。

「どうかお願い、静かにして。私が守ってみせるから」

 ドラゴンが放つ氷の力が、全てを粉々にするほどの冷気をあたり一面に浴びせかけてきた。

 ユナは反対の手で優しく、そっと白い布の上から彼らを撫でた。

 彼女の温もりが布の上から菓子達に伝わり、彼らの頬がほんのりと色づいてゆく。

 5組の美しい菓子達はその瞬間、ユナの手によって『本物の魂』が吹き込まれた。



 螺旋城の骨組み以外、何もかもが消え失せたところで、巨大な桃色ドラゴンは急に姿を消した。


 というより、桃色の髪を持つ、人間の少年の姿へと変化した。


 侍従長は早速部下に命令し、桃色の髪を持つこの恐ろしい少年を、地下牢の中へ閉じ込めるよう指示を出した。


 城は破壊されたが、地下だけは何とか無事だったのである。


 騒動がどうにか落ち着いた後、ユナは一人で、城の破壊を言い出した張本人の深名斗を探しまわった。

 だが、あの少年は既にどこかへと姿を消していた。

 ユナは自身の命が尽きるその日まで、この出来事を夢に見続けることになる。

『あの時、私が神輿の中で泣き嘆いたりしなければ、あのような事にはならなかったのに』と。


 だが彼女はのちに、こうも思うのだ。


 あの時螺旋城を破壊して、本当に良かったと。















 あの女の笑い声が、大地の頭の中に蘇る。


 ────思い出したくない。


 憎しみ。

 嘲り。

 罵り。

 汚い感情の全てが蘇る。


『さあ、闇の時間よ。小さなぼうや』


 雨上がりの土に似た、湿った木の香りが広がっている。


『容赦しないわ。いい気味ね』


 大地にとってこの香りは、本物の孤独と向き合う時の気持ちに繋がっている。


『この世に生まれてきたことを、心の底から嘆くといいわ』


 封印していた遠い記憶のかなたへと、大地は一直線へ飛んでいく。


『恨むなら、あなたの両親を恨むのね』


 あの女の声が、大地の頭の中で鳴り響く。


『あなたにはとっておきの、絶望と孤独をあげる』

 
 ────嬉しいでしょう?




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