桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

私しかいません

「誰でもよい、人間の世界へ行ってはくれぬか! ワシには出来ぬのじゃ!」

 高天原会議が開かれようとしていた桃螺トウラの最上階に突然、血相を変えた最強神・深名孤(ミナコ)が乱入した。

 会議室の面々は驚き、目を丸くした。

 深名孤のすぐ後ろには、風の神・久遠(クオン)と時の神・(ソウ)がいる。

 闇の神・伽蛇(カシャ)はまるで自身が最強神であるかのように、冷ややかな目で久遠を睨みつけながら言い放った。

「まず、ご紹介いただきたいですわね。こちらのお方を」

 お前、バカなのか?

 そう言いたくなるのを久遠は、必死にこらえた。

 姫鞠という女性の姿をしているとはいえ、深名孤が放つ力を肌で感じれば、どういう存在なのかくらい、一瞬で理解出来るはず。

 伽蛇(カシャ)は久遠に命令し、現状の説明をさせたいだけなのだ。

「もうお分かりでしょうに。このお方は最強神・深名孤様です」

「……へぇ、最強神……」

 直に目にするまでは信じたく無かった、というのが本音だろう。

 これまで散々尻尾を振ってご機嫌を取り続けていた深名斗が突然いなくなり、新しい最強神が目の前に現れたのだ。

 さすがの伽蛇(カシャ)も、この状況にどう対応していいのか、咄嗟には考えつかないらしい。

 でも、これだけは誰にでも分かる。

 今までのようにはいかなくなる。

 最強神が反転し、形勢が逆転してしまったのだから。

 久遠はそんな伽蛇と他のメンバーを見渡し、ゆっくりと続けた。

「時間が無い。全員、落ち着いて話を聞いて欲しい。深名斗様が人間世界へ行き、私の息子である大地に、黒天枢(クスドゥーベ)を使わせた」

「黒天枢…………何という事! あの禁断の力を使うなど…………」

 霧の神・狭霧(サギリ)の言葉に、(いかづち)の神・聖牙(セイガ)が頷く。

「世界の均衡が、破られてしまう」

 氷の神・冷那(レイナ)は青ざめた様子で首を横に振った。

「我々の力では、どうにもならないではありませんか。黒天枢が使われれば光も、氷も、霧も、雷も、闇も、風も、全てが飲み込まれてしまいますもの!」

 光の神・遊子(ユウシ)は、こっそりと机の下でピコピコとパズルゲームをしながら、久遠に質問をした。

「どこで黒天枢が起きたんです? 人間世界の」

「岩時の地にある、螺旋城(ゼルシェイ)だ」

「じゃあ元々僕らの管轄じゃない。そうでしょ? 爽様」

「……」

「螺旋城は最強神の側近である僕らでは無く、完全に時の神だけの管轄です。だから僕らが動いたって、なんの意味も無い。僕らに時は動かせないのですからね」

 爽は別の事を考えており、遊子の言葉にただ頷いた。
 
「他人事か!」

 深名孤が叫んだ。

「人間は我らの子ぞ! おぬしらは……恥ずかしく無いのか! 守る気も、与える気も、あやつらのために考える気も失い、自分の事ばかりが全てなのか! 見損なったぞ!」

 全員、言葉を失った。

 深名孤の言う通りだったからだ。

「我々は人間から多くを学び、自分らが持たぬものを与え続けてもらっておる。おぬしらが感謝の気持ちを忘れ、見て見ぬふりをし続けた結果が、この状況なのじゃ!」

 恥ずかしさなど、この会議室にいた面々は、とうの昔に忘れていた。

 深名孤の言葉は鋭い矢のように彼らの心に突き刺さり、恐れと共に『恥』という気持ちを染み込ませた。

「ただでは済まぬぞえ……これでは人間の世界はおろか、神々の世界にも壊滅的な危機を与える事態に陥りかねない。それはわかるかの」

 八神のうち五神は、恐る恐る頷いた。

 神々の誰もが本当は知っていた。

 最強神の反転と同様か、あるいはそれ以上に、黒天枢の発生はあり得ない出来事なのであり、対応が少しでも遅くなれば人間はおろか、世界中の神々の命をも危険にさらす。

 大地の力は今まさに、世界を破滅に誘おうとしていた。

 伽蛇は忌々しそうに言い放った。

「だからあの時、殺しておけばよかったのです。神と人の子供など、ろくな事になりはしない」
「黙れ」

 さすがの久遠も、今の言葉には我慢ならなかった。

 言い争いが起こりそうな最中、爽が声を発した。

「私が行きます。後の事はよろしく」

 自分の肩をポンと叩く時の神に、遊子は目を丸くする。

「……は?」

「人間世界の『時』を作り出したのは、私ですからね。深名孤様よりも私の方が、人間の世界には詳しいし」

「……ですが、あなたは人間の世界を修理する仕事が」
「それをお前がやればいい、遊子」

「ハァ?!!!」

 遊子は叫んだ。

「イヤダイヤダイヤダイヤダ! 人間世界などを修理している暇はないです。今日は早く家に帰って、神獣どぎまぎメモリアル4をやりたいので絶対無理です!」

 駄々っ子か!

 彼を除く神全員が口をあんぐりと空け、呆れかえった。

「どーして僕なわけ?!」

「お前が一番、修理得意だろ? ゲーム詳しいし」

「確かに。でも僕に、爽様の代わりが務まるわけが無いではありませんか!」

「人間世界へ行けと言っているわけではない。頼んでいるのは修理だけだ」

 爽は続けた。

「お前なら治せる」

「治せません!」

「神獣どぎまきメモリアル5の発売日はいつだ? 遊子」

「……? 来年の一月です」

 爽は遊子に、ポケットの中からあるものを出してみせた。

 まるでどこぞのお殿様が出す、印籠のようにそれは光り輝いている。

 遊子は驚きの声を上げた。

「……そ、それはっ!! 神獣どぎまぎメモリアル5!」

「まだ正式な認可はおりていないが、一応完成品だ。お前だけ発売前に遊べるぞ?」

「欲しいです! ぜひ売って下さい」

「やだぴょーん」

 飛びついた遊子の手を払い退け、爽はサッとゲームを隠した。

「……欲しいなら人間の世界を」
「修理します! します! 僕が丁寧に、修理してみせます!! 安心して爽様は、螺旋城でもなんでも行って来て下さい!!!」

「……だそうだ。あなたも行きますか? 久遠」

「是非。……でも少々、やる事が残っておりますので、先に行っていてください」

 人間の世界へ行けないのは、高天原を守らねばならない、最強神・深名孤だけ。

 久遠はようやく、息子である大地を助けに行けるようになったのだが…………。

 彼は伽蛇と目が合い、ため息をついた。

 この女が、大人しく自分を行かせるわけが無いだろう。

 何らかの策を講じなければ。

 深名孤の事も心配だし…………。

 この場にいる中で、現時点で側近としての務めをきちんと果たしているのは、久遠だけだったのである。

 

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